オレノペット









会社に顔を出したら、唯斗が開口一番、「遥、悪い」と苦笑い。


「や…うん。大丈夫なんだけどさ。どうしたの?」


その手に持っていたタブレットを覗き込んだら、どうやら前にトラブルになったカナダの会社の案件で。
これって…NY社の担当の方はリリイだったよね。


「…リリイはなんて?」

「や、それがね?今日はだいぶ不安定で。まあ、通常の仕事は何とかこなしてくれてるんだけどね。つか、元々がかなりの仕事回転率だったから、不安定で俺らと同じレベル位な感じではあるけど。
このトラブルが発覚した時点で更になんて言うか…何も手に付かなくなったっつーかね…」


唯斗がタブレットの画面を一度落とす。


「すげー余計かとも思ったんだけどね…。何となく、矛先が沙奈ちゃんに向きそうだったから。」


眉間に皺を寄せ怪訝そうに見た俺を唯斗がちょっとバツの悪そうに頭をかく。


「…聞かれたからさ。『(ハルカの好きな子は経理の子か)』って。『(よく知らない)』とは言ったけど…あれは多分結構な確信があったんだと思う。んで、何か嫌な予感すんなーってね。」

「そっか…ごめん…」

「いや?寧ろ安心した。遥でも女絡みのトラブル起こすんだなーって。」


今度は楽しそうにニカッと笑って見せる。


「まあ…リリイもさ、朝一でそう聞いてきた以外は全くその話をして来なかったんだよね。だから元々は別にそういうつもりはなかったんだろうけど。昼過ぎにそのカナダのトラブルが発覚した後からどうもね…。」


……どっちにしても。俺の脇の甘さだよね。
唯斗にまで迷惑かけちゃったよ。


とにかく行ってみようって、顔を出した経理課はもう課長が帰り支度をしているだけだった。


「ああ…杉崎さん、お疲れ様。川上はさっき、来客が来て、席を外してしまったんだ。書類なら俺が預かるよ?」

「あの…来客って…。」

「ほら、杉崎さんと同じ営業一課の…NY支社から来たリリイさん。」


…やっぱり来てたんだ。
どこ行ったかな…。


一瞬在庫管理室が過ぎったけど


『上書きする』


…多分、今の沙奈はあそこにはリリイを連れて行かない気がする。


懸命に考えて会議室とかミーティングルームとか…探して辿り着いた給湯室。
ドアの前に立ったら、中から捲し立てるような英語が聞こえて来て。
それから「やめて」ってか細い声の後に、ドサリとどちらかが倒れる音。


一応ノックして…ドアを開けた。


尻餅をついてるのはリリイで。けれど沙奈は泣きそうな顔してて。


ああ…俺、何やってんだって、自己嫌悪。


また沙奈に辛い思いさせたよ。

シリシさんと沙奈を目撃した昨日にも、リリイにはきちんと話をしたつもりだったけど。
もっとちゃんと言わないと、今の追い詰められているリリイには届かなかったって事だよね。
こういう時にはぐらかしは無用。特に相手がリリイなら余計に。

違う事は違う。
して欲しくないことはして欲しくないってちゃんと伝えないと。

発した言葉がどの程度リリイを傷つけたかはわかんない。

でもさ…一番傷ついたのは、理由はどうあれリリイを押してしまった沙奈だから。


ほんと、ごめん。未熟で。


「…どんと来い。」


抱きしめた先から聞こえて来た言葉にハッと笑い安堵を貰う。


強くなったよね…ほんと。
でも、それは俺が憔悴しきった沙奈と居たからで。
本来、沙奈はこう言う強さを持ってたんだろうなって思う。


だから…


『ここならゆっくり休めます。』


あの時俺は、惹かれたんだろうなって。
あれからずっと……NYに戻ってからもずっと、頭の片隅に居座ってたんだろうなって。


「…どうしてここに?」


俺が居る事を今更不思議そうにしてる沙奈が嬉しくて、もっかい強く抱きしめた。


「…沙奈。」

「は、はい…」

「やっぱ、もう少し帰るの後でいい?」

「え?あ、ちょっ…」


耳の後ろに舌先付けてみたら、ビクンと身体をこわばらせる。


「すげー久々に制服の沙奈触ってんだもん…」


みるみる間に真っ赤になってく沙奈に囁いて、そのまま首筋に唇を押し当てた。


「だ、誰か…来る…」

「へーき。」

「で、でも…」

「俺が平気つってんだからへーきなの。」


俺のせいで傷ついて…あげく身勝手な欲に振り回されて。

沙奈も大変だね、変なのに捕まって。


「す、杉崎さん…」


俺の首に腕を回して、涙目で顔を真っ赤にしてる沙奈。


「…お、おうち、帰りたい…です。」
「………無理。」
「っ?!」
「や、帰るけどさ。今は無理。つか、余計無理になりました。」
「な、何で…んんっ」


まあでも、この先もずーっと沙奈は俺に捕まったまんまなんだろうね、多分。