「沙奈ちゃん、これ、残りもんだけど、起きたら遥に食わせてやって?」
布団を運び終えたあと、山田 さんが帰りがけに食パンをくれた。
「おっ。尚太君のパン好きなんだ。俺と気が合いそう。」
「遥は可愛いからな!」
「…うん。可愛いかはわかんないけどさ。」
「すげーんだぞ、遥は。」
「そうなんだ。尚太君が凄いっつーなら凄いんだよね、きっと。
じゃあ、後で直接遥と話してその凄さは確認することにする。」
何だか緩い会話をしながらドアを閉め、去って行く二人にありがとうございますと感謝をしてから、丁寧に布団を引いた。
…だいぶ私の布団と違う弾力。
これなら少しはゆっくり眠れるかもしれない。
眠っている隣に再び座った。
「…杉崎さん。」
申し訳ないとも思ったけど、少し揺すってみる。
それに気が付いたのか、少し眉間に皺を寄せ、ハアと少し荒めの息を吐いてから「ん……」と微かに声を出した。
…本当は部屋着に着替えた方がもっとラクなんだけど。
私のスウェットじゃ小さいしな…
そっとおでこに手を触れる。
まだ…熱い、かなり。
掌に伝わる杉崎さんのおでこの感触を何となく手放したくなくて、そのままの状態で杉崎 さんを見つめる。
苦しそうにはしているけれど、長めの睫毛に筋の通った鼻筋は相変わらず。
薄めの唇も、モチモチとした決めの細かい肌も…
「…女の子みたい。」
思わず頬が緩んでそんなことを呟いた。
リリイさんとのキスシーンを目の当たりにしてしまった以上、そこに何も無いなんて思う事は出来ない。
でも…やっぱり杉崎 さんを好きだって気持ちを変える事も、消すことも出来ないな…私は。
『“ペットだ”ってお墨付きを貰ってんだよ?あんたにはその権利がある。』
……宙ぶらりんのままより、ちゃんと確かめよう。
杉崎 さんが元気になったら。
決意を新たに立ち上がり、キッチンに立った。
朝起きてパンがゆかフレンチトーストか…普通のトースト。杉崎 さんの状態ですぐ食べられる様に下ごしらえだけしておこうかな。
山田さんに頂いた、食パンを切り、袋に小分けにしていたら、突然、後ろに気配を感じて、でも、振り返る前に腰に腕が絡み付いて背中から抱き寄せられた。
「………。」
背中にその身体が密着して熱と息の荒さが伝わってくる。
おでこがコテンと肩に乗っかった。
「あ、あの…杉崎 さん…お布団を引いたのでそっちに寝て下さい…。よく眠れると思います。」
「……。」
答える代わりなのか、回されている腕に少し力が入る。
「お水とか…ポカリも粉を溶かせば作れます。何か…欲しいものありますか?」
「…沙奈。」
小さいながらはっきりと聞こえた声に、ドキンと鼓動が大きく跳ねた。
…ち、違うって。
な、名前を呼ばれただけ…
「え、えっと…ほ、欲しいもの…」
「沙奈。」
いつもより、怠そうな、それでいて甘えた声色。
熱に魘されて、人恋しくなっているのは間違いなさそうだけど。
「沙奈…」
……ああ、もう。ずるいよ、杉崎 さん。
出て行く時は素っ気なくて、なのにその後優しくて。
リリイさんが来たら全く連絡が来なくなって、キスの現場まで見させられたのに…雨の中ずっと待ってて、体調崩して、こんな風に甘えて。
クッと唇を一度噛みしめた。
…だけど。
こんなに感情を波立たせるのは、杉崎 さんだけだ。
腕を静かにほどき、クルリと振り返る。
虚ろな表情で私を見つめる杉崎 さんは、体調が悪いにも関わらず、どこか妖艶な気がする。
心許ない距離を縮める為に抱き寄せたい衝動を堪えて、潤の多い琥珀色の瞳を見返した。
「……杉崎 さんが望むなら、“私”をいくらでもあげます。
私は…杉崎 さんがその位好きだし大切な存在だから。」
…出来れば。
ちゃんと、杉崎 さんが元気になってから言いたかった。
でも仕方がないよね…。
「「……。」」
仕方が無い…んだけど…
言った今、『私をあげる』って…蛇足なのではと思う。
『好き』『大切』は伝えたかった事だけど…
売り言葉に買い言葉で言わなくて良いことを言ったような。
空気に気まずさを覚えて目線を静かに逸らした。
「………。」
「……も、持ってけ泥棒。」
…ああ、フォローがへたくそ。
何なのよ、『持ってけ泥棒』って。
いやでも、空気を変えたかったんだもん。
「と、とにかく早く治して…」
話を終わらせたくてそう言った途端、また腰に腕が回って来て抱き寄せられて、おでこがコツンとぶつかった。
「…いただきます。」
目の前で口角がキュッとあがる。
杉崎 さん…が、笑ってる。
久しぶりに見た至近距離の柔らかい笑顔に再びドキンと鼓動が大きく跳ねた。
そのまま、その笑顔が近づいて来て触れ合う鼻先。
互いの吐息が重なり合う程に唇が近づいた。
ど、どうしよう…一応思いの丈は伝えたけど、何も確認出来ないまま…キスは……
咄嗟に少し構え、身体をこわばらせてみた…けど。
杉崎 さんの顔は口を素通りして、そのまままた肩にコテンと埋まる。
「………。」
これは……電池切れ?
ハアハアと荒い呼吸を繰り返す杉崎 さんに、一気に気が抜けた。
………もう。
フッと短く息を吐いて、お腹に力を込める。
「ほら!杉崎 さん、寝て!」
「……ヤダ。貰う。」
「ダメ!あげない!」
「…沙奈の嘘つき。」
「杉崎さんが熱を出すのがいけないんです。」
「…誰のせいでこうなったと思ってんだよ。」
「そ、それは…スマホみれなくてすみません…ですけど…」
元はと言えば、リリイさんと杉崎さんのキスが原因なのに、と言う言葉を慌てて飲み込んだ。
今…言う事じゃないよね、さすがに。
「……。」
押し黙った私を更に抱き寄せる杉崎さん。
「……言っとくけど、寒い中、多少待ってたのなんて、別に大して関係ないよ?
その前からの積み重ね。誰かさんが出てっちゃったから、全然寝れなくて、寝不足だったんだよ。」
フウと辛そうに息を深く吐いた。
「…抱き枕無いの、いい加減辛いんですけど。」
くぐもってて、でも言い切るその言葉に、キュウッと心が掴まれて、鼻の奥がツンと痛みを覚えた。
『沙奈、抱き枕感半端ないね』
いつか言われた言葉が重なって、余計に涙が込み上げてきて頬が緩む。
…リリイさんとの事が曖昧なのはわかってる。
だけど今は、杉崎 さんの言葉が嬉しいって自分の気持ちに素直に従いたい。
「…言ったじゃないですか。『ご所望とあらば、いつでも』って。」
「まだ有効なの?あれ。」
「もちろんです。」
「…んじゃ、今、ご所望します。」
こうやって…望んでくれる杉崎さんを受け入れたい。
私もその少し丸まった背中に腕を回して少し引き寄せ、熱く息荒い身体を感じながら目を閉じた。
「沙奈…寝よ。」
心地よく、身体に杉崎 さんの柔らかい声が響き渡る。
「……はい。」
返事をしたら、くふふとご機嫌そうな笑い声が小さく聞こえて来た。
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