オレノペット








クリスマス…つまりは俺の誕生日を一週間後に控えた12月下旬に入った頃の日曜日。
朝から良い天気だったのに、夕方過ぎからうって変わって雨が降り出した。


こう言う天気って、客足が遠のくんだよなー…


なんて、店番しながら唐揚げ揚げてたら、店のドアがガラっと開く音がした。


「いらっしゃいま…せ…」


ちょっとだけ驚いた。


それが顔に出ちゃったんだって思う。


「……弁当買いに来ただけなんだけど。」


仏頂面の遥は、気まずそうに俺を一瞥してメニューに目を落とした。


俺、沙奈ちゃんにあんなトコで告っちゃったのに…また来てくれたんだ…。


「遥ー!会いたかった!」

「うわっ!ひっつくなよ!なんだその接客!」

「冷たっ!どうしたの?遥 。すっげー濡れてんじゃん!俺まで濡れた。」

「……傘持ってなかったんだからしかたないでしょーが。弁当買ったらすぐ帰るわ。」


カウンター挟んで抱きついた俺に、少し眉を下げてでも、どことなく気まずさが取れて照れた様に耳が赤くなる。

それが嬉しくて、『待ってて!』って奥からタオルを持ってきて、頭を拭いてあげた。


「……あの。タオルを貸して頂けるのは嬉しいんだけどね?自分で拭けるし、完全に見えないんだよ、メニューが」

「えー?どうせハンバーグ弁当でしょ?あ、沙奈ちゃんの分も買うの?」

「……」


ガシガシ俺に頭を拭かれてる遥が、口を閉ざす。


……何だろう。俺に遠慮して、とかでもなさそうだけど。


「…遥?」


タオルを取ってあげると、俺を一瞥してからメニューに目を落とした。


「……あなたのが会ってんじゃないの?あの人に。」

「えー…?ここんとこ全然だよ?引っ越しした時以来かなあ…。とりあえず、水泳の練習も中断してるし、俺から連絡もね…フラれたのに気まずいじゃん。」

「…フラれたんだ。」

「そりゃー…って悪かったな。おりゃっ!」

「っ!強えーわ!拭くならもっと丁寧にやってよ…」


もっかいタオルをかぶせてガシガシしたら、ふうと溜息ざまに目線だけあげて上目使いに俺をみた。


「…で?新しい彼氏が出来たの?あの人。」


遥の言葉に、思わずタオルを動かす手を止める。


「え?沙奈ちゃん?え?か、彼氏出来たの?!遥じゃなくて?別の誰か?」

「…俺が彼氏だったら、わざわざ『新しい彼氏が出来たの?』なんてきかないでしょーが。」


ちょ、ちょっと待って…だって沙奈ちゃんは…遥に告白がしたくて、そのために遥に頼る生活を止めたいって…


「沙奈ちゃんに新しい彼氏なんてあり得ないよ!」

「何で言い切れんだよ。」

「遥こそ!何でそんなに沙奈ちゃんのこと疑うのよ!」


思わず熱くなって、不服顔をしたら、遥 は困った様に眉を下げる。


「や…別にさ。俺も疑ってるってワケじゃなくて…いや、まあ…疑ってんのか、やっぱり。」

「だから、何で?!」

「…見たからさ。今日。昼間に。長髪の男と一緒の所。」


長髪の…男?


尚ちゃんも、駈も短髪だよね…


「黒のロングコート着てさ。すらーっとしてて、切れ長の目って感じで…
帽子被って、後ろで1つに髪結わいてて…」


切れ長の…ロングコート。長髪…
それって…


「ねえ、遥 。その人、黒髪がめっちゃサラサラな感じ?」

「あ~…言われてみれば。後ろで結いてたからあんまり分からないけど黒髪はそうかも。なんつーか……スッとしてて冷めてる印象があったような…ガタイがいいっつーより、モデルみたいにすらーっと縦に長い感じ?」

「それ…女の人かも」

「はっ……?」

「うん。十中八九、シリシさんだと思う!」

「…誰、“シリシさん”」

「今、沙奈ちゃんが住んでるアパートの隣の部屋の人。沙奈ちゃんの事お気に入りだなーって思ったら、一緒に街を歩く位になってたんだね~」


ニコニコ顔の俺とは逆に、琥珀色の瞳がよく見えるほど、可愛い目を見開く遥 。


思わず、顔がにやけた。

そっか…シリシさんを男と誤解して、俺ならなんか知ってるかもって、さぐりに来たわけね、はいはい。

遥は本当に沙奈ちゃんが好きなんだね…。


そりゃさ、俺だって沙奈ちゃんの事は好きだったよ?

だから、脈はないのかな?って感じてても頑張ったわけだし。


けど……この1年、遥は多分…ね。



……一年ほど前から時々店に顔を出すようになった遥。

可愛い顔したイケメンのサラリーマンだなーなんて歳も近そうだったから、俺も覚えてて、来ると、「今日は寒いっすねー!」なんて挨拶程度の会話から、何となく親しく話すようになった。


それから、数ヶ月経ったある日。


「いらっしゃいませ!あ、遥!今日はね、唐揚げ揚げたてだよ!超新鮮!」

「や、揚げたてはわかるけど、新鮮てなんだよ…」


あの時、実は、その数分前に沙奈ちゃんが来て、唐揚げ増しでお弁当を買っていった後だった。


入れ替わりで入って来た遥が、たまたま母ちゃんの代わりにカウンターに立ってた俺に、そう聞いてきたんだよね。


「…さっき出てった子、会社の経理の子だったんだけど、よくここに来るの?」って。


それで俺も、あんまりお客さんの事話すのもなーとは思って、「頻繁ではないけど」って答えたら、「そうなんだ」って興味なさげに相槌打っただけ。


多分…遥を信用出来たのは、沙奈ちゃんの話をしたのは、その時だけでその後は一切しなかったから。

その後も、遥は、「俺、自炊しないんで…ここのお弁当、神様です。」なんて、うちの母ちゃんとも仲良く話すようになって。時々お店に買いにきてくれていた。


けど、今思えばさ、あの時から既に遥は沙奈ちゃんに近づきたくて、頑張って定期的にここに通ってたのかもしれないよね。
それは…実は、プールの帰りに抱き合ってた二人を見てちょっと感じてはいたんだけどね…。

もちろん、うちのお弁当が好きって言うのは、前提にあるんだとは思うけど…そう思える位、うちに来ると、「この前入ってた漬物が絶品だった」とか、「付け合わせ変えたんですね。前のやつめちゃくちゃ美味かったんですけど、今回のも凄い美味くてびっくりした」とか、必ず、弁当の話をしてくれてて。

ああ、この人は、うちの弁当をしっかり味わってくれてるんだなーって、俺も遥が大好きだったし、母ちゃんも遥が来ると、いつもニコニコだった。


…って、それは良いとして。


「…ねえ、遥 。沙奈ちゃんと話した?」

「あー…最近はとんと。」

「ダメだよ!沙奈ちゃん絶対遥 に言いたい事あるはずだもん!」

「……何でそう思うんだよ。」

「えっ?!だ、だから…とにかく、絶対話しなよ!俺、もうすぐ誕生日なんだから!二人がそんなんじゃ歳取れない!」

「んな、無茶苦茶な。」


ハンバーグ弁当に、サービスで唐揚げつけてあげて、持たせたら、照れた様に耳を赤くして「ありがと」って目線を逸らして呟いた。


可愛い!


「遥~!」

「っ!だから、そのひっつく接客なんなんだよ!離れろバカ息子!」


だって、俺自身はダメだったけどさ。
遥と沙奈ちゃんがちゃんとハッピーになれるなら、やっぱり嬉しいもん。

遥と一緒に居る沙奈ちゃんは、本当に安心しきったいい顔してたからさ……。