オレノペット









…本当に、偶然て恐いなって思う。

リリイと歩いていた、デパートのある繁華街。そこで沙奈に出くわした。

や、俺が沙奈を見つけただけで沙奈は気が付いてはいないと思う。


隣を歩いてるのはスラッと背が高く大人な雰囲気のキリとしたヤツで。

半歩後ろを歩く沙奈は少し嬉しそうに手を引かれてる。


どういう…こと?


ほんと、こういうとき、自分のダメさ具合って痛烈にわかるよね。
自分の予想範疇を超えた光景に動揺せざるを得なくて、 思わず見入って身体が動かなくなった。


“話をする時間をください”


引き締まった顔で俺から目をそらす事なく言ってた沙奈に、多少なりとも期待はあった。


まあ…皆山 さんがあんな風にコクってたからね。
正直、半々くらいの期待ではあったけど。


皆山さんが沙奈に話しかけたって聞いた時、『あの人が本気で出て来たら負けるかも』って瞬間的に思った。
そんくらい、俺の中で皆山 さんは強烈で。

だから…正直、皆山さんの紹介で『出て行く』って言った沙奈に、これは皆山さんに持ってかれたかな…って。


もちろん、無理矢理引っ越しダメにするって事も俺の立場なら出来たけど。


「引っ越し先、決まりました。来週土曜日に引っ越します」


真剣な顔をして言った沙奈は、半年前とは大違い。
意志の強い、いい顔してた。


それを押さえ込むなんてこと…出来るわけない。

俺の願いは“沙奈を助けたい”って所にあったんだから。


“欲と願いの両立は無理”


それは始めから覚悟してた。

沙奈がこのまま俺に依存しっぱなしでいるような性格じゃないって事はそれまでの沙奈の言動で何となくわかってたし。実際、住んで、沙奈がどんどん立ち直る事で痛感させられてたし。

沙奈との生活は俺への返済が済んで家が見つかりゃ終わり。

そういう、儚いものだって…。


けどさ。


沙奈を自由にすることは、俺が“沙奈を助ける”事から自由になるって事でもあるわけで。

自由にしてからどう口説くかが、俺の本当の勝負だった。


だから、例え皆山 さんに持ってかれていたとしても、沙奈を諦めるつもりなんて毛頭なかったんだけど。


そんな悠長に構えていられないほど、一緒にいれば居るほど、その居心地の良さにどんどんハマってって。


特に辛かった、後半は。これ以上、依存しちゃまずいって思ってても歯止めが利かないくらい。
牽制しないと、あの人の事どうにかしちゃうんじゃないの?って位に欲してて。

結局、『家、まだ決まんないの?』なんて追い出す様な事まで言っちゃった。


それでも、話をしたいって言ってくれた沙奈にもちろん俺は即行で乗っかって…って思ったのに。


予定外に、リリイが登場。


いや、もうかなり焦ったよ?


だって、あの人が『話したい』って言ってるうちに話さないとさ…。

だから何とか隙を見て…って、考えていたんだけど。


そんな俺の焦りにリリイは多分気が付いてた。


沙奈に皆山さん意外の男が居るの?と思った途端、頭の中はあの人でいっぱいになって、他の事に気を配る余裕を失った。


それはほんの一瞬だけど。
リリイが反撃するには充分な時間だったんだって思う。

襟首をつかまれて引き寄せられ、唇同士が触れ合った。


しまった…!


そう思った時には、キスを終えて見つめ合ってた。


「(ちょ、ちょっと…)」


慌てて引き離して、沙奈の方をもう一度見たら、もうそこに二人の姿は無くて。

追いかけようとした俺をリリイが制止する。


「(ハルカ?今日は私とデートしてくれるって約束でしょ?他の子の事考えてたらダメよ!)」


リリイの奥深い蒼の目が少しだけ揺らめく。


晴天だったはずの空は、いつの間にか厚い雲に覆われて、そしてポツリ、ポツリと滴を落とし始めた。


「(…雨も降ってきたし家まで送る。)」

「(嫌よ!まだ一緒に居たい)」


……そりゃね、リリイが今、抱える事情に俺は多少なりとも絡んでるし、こうなった責任は俺にもあるから。リリイの気持ちが晴れるならって思ってなるべく一緒にいたけど。


でも……もう無理だ。


あの人をほったらかしにしてまで、他の誰かの為に動く余裕なんて今の俺には全くない。

それを…思い知らされた。


俺の腕を掴んでいるリリイの手をそっと外した。


「(リリイ…ごめん。自己中な人間で。)」

「(ハルカ…。)」


更に雨足が強まってきた。


それを気にして歩く様に促す俺に、伏せがちに目線を逸らしたリリイは、憂いを帯びたままの表情で、歩き出した。