オレノペット








頭が混乱していて、だけど、ずっと鼓動は強く早く打っていて。

集中しなきゃって、一生懸命に仕事はしたけど、終了した後は、ずっとずっとグルグルそのことばかり考えていた。


『信じて平気だと思うよ?遥 を』


それはつまり……私が杉崎 さんを好きでも平気だって…こと?


だけど、リリイさん……は?


揺らぎに揺らいで、『やっぱりもう一度杉崎 さんに連絡を自分から取ってみようかな』と気持ちが傾き始めた頃に 迎えた日曜日。


朝からお出かけ日和の澄み渡る青空。


支度をして約束をした時間に、アパートの下へ降りてみるとシリシさんが待っていた。


黒の丈が長めなチェスターコートに、グレーの細身のパンツを履いて、足元はニューバランスのグレーのスニーカー。


ハットから覗く後ろでひとつに結わいているだけの黒髪はサラリと綺麗で、すっぴんでも美人な顔は化粧を少しだけしているけどほぼわからない。


男性なのか女性なのか分からない中性的で、けれど素敵だと言うイメージ。


片や私は、ニットワンピースにグレーの膝下コートで、髪を緩くお団子にしててスヌードを巻いていて…


…こんな対照的な感じだと、デートみたい。


少し緊張したのがわかったのかもしれない。無表情のまま、私をみたシリシさんにガシッとお団子を掴まれた


「あっ!ちょっ…」

「行くよ、お団子。」

「し、シリシさん…」


ムウッと少しむくれた私に、シリシさんがフッと微笑む。


「沙奈はいつも可愛いな。」


ハットから覗くその表情があまりにも綺麗で、ドキンと鼓動が音を立てた。


「し、シリシさんの方が綺麗じゃないですか…かっこいいし。」

「当たり前だろ。これでもあんたより何年かは長く生きてるんだから。自分の魅せ方を少しは知ってる。」


自分の魅せ方……


「あたしも一応女だしね。まあ、色々失敗もしてるよ。」


余裕の表情で綺麗に笑うシリシさんに、日の光があたり、黒髪を更に艶めかせる。


「とりあえず、出版社に寄って…それから買い物。いい?」

「はい!」

「随分嬉しそうだね。付き合わされてんのに。」


だって…シリシさんと買い物なんて、どんな感じなんだろうって楽しみだったから。


それに、ここ最近はずっと杉崎 さんの事をグルグル考えていたから、一人で休日を過ごすより誰かと一緒に居たかったから。


信号待ちの間、へらへら笑う私の頬をシリシさんの左指がつまむ。


「なんれふか、いきなひ…」

「人の買い物に付き合わされて楽しそうなんて、貴重生物だなーと思ってさ。」


…そうかな。

女の子って、お友達とショッピングに行くのとか好きじゃないのかな?


そういや…私、そういう人、仕事を始めてから居ないかも。



経理部の人は皆年配の女性で、家庭があって。
だから、年に数回ランチもしくは飲みに行く程度。


大学を卒業してすぐその環境だったからな……


所謂お局様みたいな人は居なくて、『若いんだから大丈夫!』って励まされてここまで来たから居心地は良いけど。


学生時代の友達は、変わり者が多くてほぼ音信不通(年賀状が実家に届いていて、元気は元気らしい)


…表面的に人間関係がうまくは行っていても、どこかで“寂しい”と思っていた所があったのかもしれない。

だから、啓汰の口上に乗せられるまま、信じてしまったのかな…。


漠然とそんな事を考えながら、出版社の前でシリシさんを待つこと15分程。

「お待たせ」と出て来たシリシさんと共にまた歩き出した。


「あの…今日は何を買うんですか?」

「服だよ。沙奈に選んで貰おうと思って。」

「えっ?!」


私の突然出した声にシリシさんはもとより、周囲の人も少し振り返る。


「あ…す、すみません。驚いてしまって……」

「そう?あたしの着る服を沙奈が選んでも何のおかしな話でもないでしょ。」


でも、今日だって全然私とは違うタイプの服を着てるわけで。


ど、どうしよう…シリシさんの好みもツボもわからないのに、勝手にあれがいい、これが似合いそうって言えない…。


突然、またお団子をガシッとわしづかみにされた。


「沙奈、あんたは少し、相手の顔色を伺いすぎだよ。自分の意思をもっと露わにした方がいい。
相手を見て調子を合わせてたって、何も伝わらない。
まあ…言い方は気をつけるべきだとは思うし、相手を思うことはもちろん大事だけど、少なくとも今、お前の好みをあたしは知りたい。それだけ。
デカい人形を着せ替えするとでも思えば良いよ。」

「で、デカい…人形…」


フッと微笑みを浮かべると、「行くぞ」とシリシさんが私の手を引く。


その感触は、思ったよりもずっと、温かくて。


…結局。

最初は戸惑いながら、私の好みのお店に行って、シリシさんに似合いそうなものを探し始めたけれど


「じゃあ、着てみる?」

「そうか、こう言う組み合わせも意外にいいね…」


シリシさんが熱心に聞いてくれて。


「このシャツもシリシさんに似合います!可愛い!」


いつの間にか遠慮は消えて夢中になっていて。


結局、お昼前に始めた洋服選びは夕方まで続き、二人してお昼を食べていない事に気がついたのは、17時過ぎ。


「ごめん沙奈。夕飯奢らせて。」

「いえ!私も楽しかったから、割り勘で。」

「……頑固。」

「意思を示せと言ったのはシリシさんだもん。」


また、お団子を掴みシリシさんが楽しそうに笑う。


「沙奈は本当にイイコだね。だから、大家もパン屋も唐揚げも皆虜になるんだよ。」

「あ、あの…私そんなモテモテキャラでは…」

「や、万人に好かれるとは思わないよ?
あんたみたいなタイプは苦手だって思うヤツもいるだろうし、好きだってフリして近づいて騙そうとしてるだけのヤツもいるかもしれない。」


ふと啓汰を思い出して少しだけ苦笑い。「図星?」とシリシさんは楽しそうに笑ってから、少し崩れた髪を丁寧に直してくれた。


「ただあの三人は恋愛感情はさっ引いても沙奈が好きだなって思っただけ。
あんたはその位の存在がある。少なくともあたしの中では強烈だよ。自信を持ちな。 」


「行くよ」と再び私の手を引き歩き出すシリシさんの半歩後ろを歩く。


…引っ越して良かった、な。


三人に好かれている事を真に受けたわけじゃない。


シリシさんの目に、私がそう映り、存在を認めてくれたって事が…嬉しかった。


「あの、シリシさん…」


私と手を繋いだままシリシさんが振り返る。


「あの……」


まとめているその黒髪がしなやかに少し揺れる。


その先


ちょうど肩越しに見えた、光景。


「あ……」


出そうと思っていた言葉は全て無に返り、頭の中が一瞬にして真っ白になった。



行き交う人の中、顔を寄せキスをする。


それは、紛れもなく…杉崎 さんとリリイさん。


ほんの数秒の出来事。


周囲は驚いて見る人もあれば、気がつかない人も居て、誰もが足を止める事は無く、変わりなく時間を進める。


……私、以外は。