オレノペット


「そんなに流したいなら、ここのプール掃除のバイトでもして、汚れた水、排水溝にでも流したら?その方がよっぽど世のため人のためだよ?」


杉崎……さん。


啓汰の肩越しに見えた臆さないその真っ直ぐな目線。啓汰が少し気後れしている。


「あ、あんた…誰だよ。」

「そういうあんたは誰さん?沙奈の手、握っていい人は俺しかいないはずなんだけど。」

「は……?」


啓汰が私の顔と杉崎さんを交互に見て、ハッと空笑い。


「へえ…こりゃまた随分色男に捕まったな。おおかた、この男に貢がされてんだろ?」

「ち、違う…」

「いや、そうに決まってるね。お前の事は俺が一番分かってんだよ。
ったく。いくら俺がいなくなって寂しかったからって、こんな男の為に金使うなんてな…。
まあでも、これからは俺がちゃんと管理してやるから。な?」


啓汰が私の腕を更に力を込め掴みひっぱっる。


「……お前、相当バカなの?それとも日本語通じないの?沙奈の手離せつってんだろーが。」


それをその上から杉崎さんの手が押さえ込んだ。


「…部外者は黙ってろよ、ヒモ男。それとも何?殴り合いの喧嘩でもする?」


杉崎さんが自分よりも少し背が低いからだろうか。華奢に見えたのかもしれない。鼻で杉崎さんにせせら笑う啓汰。
けれど杉崎さんは全く動じず、寧ろ淡々としていて、呆れた様に溜息を吐き出した。


「部外者はあんただろーが。でもあんたはヒモじゃなくて、泥棒か…詐欺師だよね。」

「…は?」

「『結婚する為』って金を貯めさせて、それを持って借金残してとんずら。おおかた、その金、使い切って戻って来たんじゃないの?」


眉間に皺を寄せ、啓汰が私をギロリと睨んだ。


「……お前こいつに俺の事話したのかよ。」

「あれ、図星?
それで?
沙奈が話したのが悪いって責任転嫁だ。
あ~みっともない!」

「なっ…うるせえ!」


啓汰が杉崎さんの口上に苛立ち、襲いかかる。


…けれど。


その拳は宙を切り、反対に脇をすり抜けた杉崎さんが背中へと回ると啓汰の腕を捕らえ、ねじ上げた。


しかも……両腕とも。


「…このまま内側に力入れたら骨折れる…や、筋肉が変な風に曲がるんだったけな?どっちだったっけ…習ったの昔だから忘れたけど。
とにかく酷いことになるらしいよ。」

「っ!」


啓汰が痛みで顔を歪めながら、更に青ざめる。杉崎さんは…変わらず余裕綽々の笑顔。


「あんた、このまま逃がしたら沙奈にまだつきまとうよね?やっぱ腕やっといた方がいいかな。
あ、でも沙奈と別れてくれたんだもんね。そこは感謝してるから、片腕にしといてあげるよ。利き手どっち?」

「や、やめ…」


啓汰の懇願も空しく、杉崎さんは更に、その腕を締め上げる。


「っ!」

「…確かに沙奈の事、よく『わかってる』よね。
この人の“情”につけ込んで無理矢理流れを有利にもってこうとしてんだから。
“俺が管理してやる”だ?随分アホな考えだな。
苦労して稼いだ金は、その人にしか使い道を決められない。
お前にも、俺にも沙奈の稼いだ金を自由にする権利なんて…ましてや管理する権利なんてこれっぽっちもないわ。」


杉崎さん……。


鼻の奥がツンとして、気持ちが込み上げる。


「あんたと沙奈に何があったか詳しいことは知らないけどさ。
金を騙し取った時点で、100%お前が悪いだろうが。
この人のお人好しにつけ込んで責任転嫁すんなよ。」


私…いいの?

啓汰に裏切られて、ショックを受けて、「私は散々だ」って悲しい気持ちになって

この人の事を怒って突き放して…いいの?


「……沙奈、こう言うヤツに情けは無用だから。ここで情けをかけたら、今後のこいつの為に、絶対になんない。」



杉崎さん…わかってたのかな。

私が…どこかで自分が悪いからって、そう思っていたのを。


ゴクリと生唾を飲み込むと、意を決して一歩前に進み出た。


「……わかりました。」


答えた私に杉崎さんが口角をキュッとあげてニヤリと笑う。


そんな杉崎さんを見てから、啓汰に目線を移す。
思い切り右手を振り上げ、その倍の速度で振り下ろした。


バチン!


啓汰の頬に私の掌がめり込み、その顔が歪む。


「あんたなんて、これっぽっちも好きじゃない!二度と私に近づかないで!
ついでに、杉崎さんにもだよ!今度現れたらとっ捕まえて詐欺で訴えてやる!」


「なっ……」


私の言葉になのか、それとも叩いた事になのか、啓汰が狼狽して、項垂れる。

杉崎さんが、そっと啓汰の耳に顔を寄せた。


「…消えろ。」


腕を解放した瞬間、「ちっ!」と舌打ちをして逃げるように去って行く啓汰。
その姿が見えなくなると、どっと疲労感と安堵が溢れ出て涙がポタポタと頬を伝い始めた。


「…沙奈。良く出来ました。」


フワリと身体が杉崎さんに包まれて、余計に涙が溢れ出る。
叩いた掌が痛くてじんじんして、杉崎さんのシャツを固く握りしめて胸元に顔を埋めた。


「す、杉崎さん…あ、あり…あり…」

「あ~…ほら、沙奈、礼はいいから、とりあえず落ち着こっか。」


よしよしと撫でてくれる優しい掌。それにまた涙が込み上げて、顔を埋め、沢山泣いた。


啓汰…ごめんね?
あなたの歪みに気がついてあげられなくて。

やっぱり今でもそう思う。
だって、一度は好きになった人だから。

……あなたが、過ちに気がついて再び優しさを取り戻し、幸せになるのを願ってるから。


「…あんな無理しなくても、あのまま俺が腕へし折ったのに。」

「ダメです。杉崎さんの輝かしい経歴に傷が付きます。」

「大丈夫だよ?大した経歴ないし。
あ、今やってるゲームはね、結構輝かしいよ?世界で10位以内まで来た。凄くない?昨日なんてスリランカ人と対戦して圧勝したからね、俺。」


杉崎さんの胸元に顔を埋めたままクッと思わず笑みをこぼしたら、またヨシヨシと撫でられた。


ありがとう…杉崎さん。

100%、私の味方をしてくれて。


啓汰の事、反省は自分でいくらでも出来るけど。
『大丈夫。悪くないよ』ってストレートに自分で肯定することは、難しいから…。


「沙奈、今日何食う?俺、すっげーハンバーガー食いたい。」


杉崎さんの腕がいつもに増して優しく温かく感じる。

耳元でする声も…。


「沙奈は、ポテト好きだよね?大盛りたのんであげる。」

「か、カロリー…」

「それが狙いだもん。運動した分摂取させます。」

「………。」



こんなに安心出来る空間、他にはない。