そうは思っても、相変わらず、不動産コミュニティは結びつきが強くて。
翌日の日曜日、杉崎さんが会社に出向いた隙に、探し歩いてはみたけど、結果は相変わらず惨敗だった。
何だかんだで、お世話になってもう6ヶ月を過ぎている…。
週の真ん中の水曜日、ウオーキングの為に再びプールにやってきた。
憂鬱の溜息を吐き出しながら、プールサイドに腰を下ろす。
このままで良いわけ無いのに……見つからなかった事に若干ほっとしている自分がいて、嫌になる。
杉崎さんは相変わらず優しいけれど…。
…いや、寧ろ増し増しになってる気がする、優しさが。
今日だって、大丈夫って言ったけど、結局『迎えに行く』と押し切られたし…。
杉崎さん…ただでさえ忙しいのに私が居ると色々気を回さなきゃいけない諸々があるよね。
拾われた当初は、ほぼ初対面の状態で、精神的にも追い詰められていたから、今となっては、杉崎さんの優しく甘い扱いに救われていたって思う。
そして、だからこそ今こうして私は立ってられるんだって思う。
もちろん…理不尽だって思う行為もあったけれど…
じゃあもし、全てが完璧だったら私は癒えた?って思うと…正直疑心暗鬼で落ちに落ちてた私がその無償の優しさを受け入れたかは疑問で。
……けれど。
今は、杉崎さんと居れば居るほど、惹かれて、そして…求めてしまう。
優しく甘やかして貰う事じゃ無くて、別の事を。
…けれど求めてしまうなら。
やっぱりちゃんと自立をして杉崎さんと向き合わないといけない気がする。
このおんぶにだっこな生活を抜け出して…そのためには、ちゃんとおうちも探さないと。
……って思うのに。
「…八方ふさがりだな。」
ふうと息を再び吐いたら
「沙奈ちゃん!来たんだ!」
目の前で、爽やかな明るい声がした。
「あ…皆山さん!こんばんは。」
居るかな?って少し思ってはいたけど、皆山さんが来る日はわからないし、私も特に何曜日に来るって決めてたわけじゃないから。
会えた事に少し驚いたけど…その引き締まった身体に、更に驚いた。
普段、洋服を着てるから“細い”って事しかわからなかったけど、腹筋…6コに割れてる。
普段から鍛えてるのかな…
「沙奈ちゃん、今から?」
「はい。皆山さんは…」
「俺は30分くらい泳いだかな。もう少し泳ぐつもり。」
「泳げるのいいですね。気持ちよさそう…」
「うん、泳げると気持ちいいよ…ってそうだ!」
突然何かを閃いた様にパッと黒目がちな目が輝いた。
「俺が泳ぐの教えてあげるよ!」
私の返事を聞く間もなく、善は急げとばかりに、私をプールの中へ連れて行く。
「沙奈ちゃん、じゃあまずは顔つけから!」
「は、はい…」
斯くして始まった皆山さんのスイミングレッスンは、みっちり1時間程続き、帰る頃にはこの前の否では無いくらいにぐったり。
「沙奈ちゃん、すぐ泳げる様になりそうだね。すっごい上達した!」
「…ありがとうございます。」
結構今、フラフラ……。
今日、お夕飯外食で良かったかも。
「じゃあ、来週もやろうよ!」
「えっ?!そんなにご迷惑をおかけするわけには…」
皆山さんだって自分のリフレッシュの為に来てるのに、私の相手をしてたら泳げない。
「沙奈ちゃん、折角泳げそうなんだから、絶対今練習した方がいいって!」
み、皆川さんて意外と熱血……。
「来週またやろ?ね?」
これはもしかしたら、本当にこのまま何回か教われば、ちゃんと泳げる様になるのでは…。
「あの…じゃあ、よろしくお願いします…」
「うん、任せて!
あ、今日、送ってく。俺、ちょっと受付に用があるから出た所で待ってて」
「あ……」
今日は杉崎さんが迎えに来るからって言おうとしたけど、皆山さんの知り合いの職員さんが丁度来たらしく、そっちに話に行ってしまう。
まあ…いいか。
杉崎さんも知り合いだって言ってたし、帰る方向が一緒なんだから皆で一緒に帰ろうかな。
入り口の自動ドアを過ぎた所で、待っていようと、外に出た瞬間、腕を掴まれる。
驚いて見た先には…
「捕まえた。」
け、啓汰……?!
怪しげな不適な笑みを浮かべるその顔と握られている感触にゾクリと背中が音を立て、一瞬にして穏やかだった気持ちがざわつき始めた。
「ど、どうして…ここに。」
「この前の弁当屋付近でお前を見張って動向チェックしてただけ。
マンションも突き止めたんだけどねー。あそこ、セキュリティ凄すぎて手え出せないんだよ。
お前あんな高そうなマンションの家賃どうやって払ってんの?もしかして夜の仕事してるとか?」
私を…見張ってたって…啓汰がそんな…嘘でしょ…?
中で未だに歓談している皆山さんを一度気にして「来いよ」と啓汰が引っ張る。少し引きずられるように建物の影まで連れて行かれた。
「や、やだ……離して…」
「あんな優男より俺のがよっぽどお前は楽しいと思うよ?」
「皆山さんは別にそういうんじゃ…」
「そうなの?じゃあやっぱ俺が忘れらんないって事じゃん。 沙奈、やっぱりやり直そうぜ。
あの時の俺はどうかしてたんだよ。な?過去の事は水に流してさ…」
“水に流して”って……そんな簡単な事?
啓汰がいなくなって、私を騙したんだって目の当たりにして、絶望したあの時の苦しさが否が応でも思い出されて、息苦しさを感じる。
鼓動がドクン、ドクンと嫌な音を立て、目頭が熱くなった。
啓汰…出会った頃は本当に優しかったのに。
ただ、一生懸命に働いている保険会社の営業サラリーマンで…お昼を食べに行っていた公園で一時期よく見かけて、お互い挨拶をするようになって…一緒にお昼を食べる様になって。
付き合い始めてからも、楽しかったし優しかった。
仕事で保険の契約もうまく取れないって悩んでいた時期もあったけど、私も契約するよ?と声をかけても「沙奈は身内になる人だからダメ」と…。
それが……
少しずつ、少しずつ…色々な事で変化をしていたのかもしれない。
私はそれに気がつかなくて、表面上の変わらない優しい部分だけを見てたのかもしれない。
啓汰が…こんな風に執拗につきまとって、私を恐がらせるなんて…
この人をダメにしたのは…私…だよね…。
「啓汰…あの…」
「とりあえず、あのマンションに帰ろうぜ。ゆっくり話出来るし。な?」
やりきれない思いと苦しさで、目頭が熱くなった。
「なーにが、『過去の事は水に流して』だよ。」
啓汰の肩をグッと丸っこい指が掴んだ。



