オレノペット







夜が深くなったとはいえ、まだ日付も変わる前。

一応いっぱしの大人な私は一人で帰れる時間…の、はず。



「NY社の会議にリモートで出る事になった。開始まで少し時間があるみたいだから、沙奈を家に連れて帰ってから会社行く。」


連絡を終えて帰って来た杉崎さんはサラッとそう言った。


「あ、あの…一人で帰れます。まだ終電前だし…」

「ダメ。」


私と杉崎さんのやり取りを見て、楽しそうに笑う田辺さん。


「まあ、甘えられるうちに甘えとけば?」


なんて、お店に来る前に杉崎さんが言ったのと同じ様な事を言った。


まあ…確かに、普通の女子なら甘やかされているうちが花かもしれないけれど。


「…先に寝てていいからね。」


玄関の中まで送り届けられ、よしよしされるこの状況。


私は、男に騙され、地に落ちた人間で。
それだって、啓汰の口上に疑いを持たなかった自分の責任なんだし…どっちかっていうとロクな人間ではないと思う。


それなのにね……
お仕事の前に、こうやってちゃんと送ってくれる杉崎さん。


「あの…お仕事頑張ってください…」


せめてちゃんと送り出さなきゃと、言葉をかけたら杉崎さんが私を引き寄せて唇同士をくっつけた。


「…続き出来なくて残念だったね。」

「っそんな事は…」

「無い?」


何故か思い出した、以前、経理課の前で杉崎さんとお話してた女性社員の方の事。


…あの方…確か、片瀬さんて方で、同じ第一課の方だった気がする。
もしかして、今日、居るのかな…


夜のオフィスで…………密会。(本当は仕事だし、他にも大勢居るけど)


どことなくモヤモヤとした感情が生まれてきて、杉崎さんが行ってしまうのが無性に嫌になった。


背中に手を回して引き寄せ、その胸元に顔を埋める。


「……。」

「…沙奈?」


……何をやっているんだ、私は。
これじゃあ、駄々こねてる子供みたいじゃん。


危うく出そうになった“行っちゃヤダ”を飲み込んで


「は、早く…帰って来て…」
「……。」
「……く、ださい。」
「……。」
「………ませ。」


クハッと吹き出す声が耳の向こうでした。


…完全に駄々っ子だ。
面倒くさいやつだ…。


ああ…もう、なんて思ってたらまた頭をヨシヨシされる。


「沙奈」

「はい…」

「帰って来たら沙奈のこと、抱き枕にして寝ていい?
そしたら俺、すんごい頑張って仕事してすぐ帰ってくる。」


これって………


『沙奈にして貰いたい事はないから』


そう言ってた杉崎さんの……初めての要望だ。


「…も、もちろんです!」


勢いよく顔を上げた私を、杉崎さんが目尻に皺を寄せて、楽しげに笑う。


「じゃあ、快諾頂けた事だし、とっとと片付けて来ますかね。」


「先に寝てんだよ」と最後にまた頭をポンポンと撫でてから玄関を出て行った。


抱き枕…
今日はいつもより念入りに身体も頭も洗って、ちょっともこもこの触り心地のいい部屋着にしよう。


気合いを入れて脱衣所に行き、鏡と対面した


その瞬間


……え?
こ、これ……


フリーズしたまま何度か瞬き。


オフショルダーのブラウスの上。
首筋から、鎖骨にかけてポツンポツンと付いている…紅い痕。


無数…ってわけじゃないけど、一つ、二つじゃない。


不意に過ぎった路地裏でのやり取りと肌に触れた杉崎さんの柔らかい唇の感触。


頬が熱くなり、思わず掌で覆った。


『要らない謝罪だった?』


田辺さん、それで隠せって…
や、でも、湿疹に見えなくもないけど。


『良かったじゃん』


…勘づいたよね、きっと。



羞恥心で、余計に身体が熱を持つ。
けれど、何となく嬉しくもあった。


『この人疎いから』


杉崎さん…誤魔化す事は簡単だったはずなのに、私とは『関係ない』って言わなかった。
寧ろ、堂々と隠さずに示したって事にもなる……。


『抱き枕にして寝ていい?』


………頑張って抱き枕になろう。


気合いを入れ直してお風呂に入り、お肌にもスベスベになるクリームをほんの少しつける。
髪もドライヤーで、できる限りサラサラにして準備万端。

…は、いいんだけど。


気合い十分で杉崎さんのベッドに上がって思った。


ちょっと待って?
果たして私はどっちのベッドにいたらいいんだろう。


抱き枕になるなら、杉崎さんのベッドかな?とも思うけど…前に潜り込んだ前科があるから、「またかよこいつ」って思われる?
じゃあ、自分のベッドで待機してた方がいいのかな?

「先寝てて」って言うからにはどちらかに居た方がいいんだろうけど…



お酒が抜け切れていなかったのもあると思う。

迷っているのに眠気は容赦なく襲ってくる。


決めかねて、杉崎さんのベッドの上で正座のままうっつらうっつら。


早く…決め…なきゃ…………


そのまま意識を手放した。