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田辺さんから金曜日の3人飲みの場所と時間が送られて来たのは3日前の水曜日のこと。
会社帰りだし、現地集合でと書いてあったけれど、杉崎さんが「沙奈…迷子になりそう」と言いだし、会社近くのカフェで杉崎さんの終業時間を待つことになった。
……何か。
今日といい、プールの迎えといい…過保護度合いが増してない?
杉崎さんから見ると、私ってそんなに危なっかしく見えるのかな…。
まあ、でもな…。
居酒屋で会った時、ぐでんぐでんに酔っ払って醜態さらしまくってる上に、話を聞いたら借金まみれ。
そんな人を引き受けたんだもん、居候させている以上、心配もするか。
アイスオレンジミントティーを一口飲むと、口の中が爽やかさを増す。
コップを置く瞬間、カランと少し氷が揺れて輝いた。
……それにしてもあの居酒屋で、杉崎さん、私の事よくわかったよな。
それまで、経理の窓口で用件含め、少し会話を交わす位なもんだったのに。
片や花形のエリートサラリーマン。片やしがない経理の窓口。
私が事務服である会社の制服を着ているから“会社の人間だ”ってわかるんであって、絶対顔の認識なんてされていないと思ってた。
少しストローをコップの中で回すとコップに付いた水滴が、中の氷と共にライトの光を浴びて少し光る。
それに重なった、杉崎さんのキラキラひかる瞳。
…ずっと気持ち的に落ち着かなかったから考えなかったけど。
だいぶ落ち着いて来た今、思い出してみると、杉崎さんと最初に会ったのって、確か、一、二年前に杉崎さんが仕事で一時帰国した時だったよね。
『イケメンのやり手がNY社から来た!』って当時結構騒がれてて。
営業一課の新人さん達が交通整理しなきゃいけない程、人だかりが出来てたって聞いた。
田辺さんが、その人だかりを一蹴したって噂も回って来た程…あの時は人が営業一課に殺到したって…。
まあ、その頃から経理の窓口に座ってた私はその人垣にも入れずだったけど……
一度だけ、二人きりで話した事があったんだよね、杉崎さんと。
昼休みの直前位に、経理に書類を出しに来た杉崎さんが、えらく疲れた顔をしてて、目が少し充血してた。経理部に入ってくる時から何度もあくびもして無意識なんだろうけれど、眠そうに目を擦ったりもしていた。
…NY社からヘルプで出向いて来る位だから。
きっと、沢山の仕事を頼まれ、頼られているんだろうと心の中で尊敬して、ねぎらいの意味を込めて……もし休むなら誰も来ない穴場を教えても大丈夫かなって、声をかけたんだよね、あの時。
「休み時間ですか」って声をかけたら、「どっか穴場見つけて、昼寝しようかと思ってる」って言われて。
じゃあ、口頭で言ってわからないと、杉崎さんには負担かもしれないと思って、思い切って案内して…
常備してるホットアイマスクを一つ渡して…『ここは誰も滅多に来ないからゆっくり休めますよ』って教えた。
余計なことだったかもしれないけれど、そのままとんぼ返りで席に戻ったから、あの後、杉崎さんがどうしたかはわからない。
「この前はありがとうね」と書類を置きに来たときにわざわざお礼は言ってくれて、NY社に帰るまでカウンター越しに何度か話はしたけれど。
本社への転勤してきて、帰国してからも、今、こう言う関係になってからも、そんな話題は全く出ないし。
何なら、帰国して最初に書類を出しに来たときも
「すみません…。提出書類、今、大丈夫ですか?」
なんて、かしこまっていて、『初めまして』な感じだったし。
あれだけモテるんだもん。
私ですら、案内するのにえらく緊張した事位しか覚えて無いくらいの出来事だから。
色々な出来事の記憶に埋もれてしまうのが当たり前で、杉崎さんはもう覚えていないんだろうな…。
「沙奈、お待たせ。」
丁度アイスティーを飲み終える頃、杉崎さんが現れた。
スーツ姿の杉崎さんは少しネクタイを緩めながら「行きます?」と小首を傾げて微笑む。
店内に居た女性の何人かが、その様子に少しざわめいた。
…どこに居ても誰かの目に止まるんだな、杉崎さんて。
「それにしても、こんなカフェが会社近くにあったんだね。俺、行かないから全然気がつかなかったわ。」
辺りを少し見渡す杉崎さんに少し苦笑い。
…私も今日初めて入ったからな。
1年前位に出来たここ。
前から存在は知っていたけど、いつもお洒落な人達で賑わっているから、私には敷居が高くて入れなかった。
けれど、今日は、イケメン二人と飲むから、一応それなりに服装に気を遣ってたからいっかな…と。
バックストラップのパンプスこそローヒールだけど、ミモレ丈のスカートにオフショルダー気味のパフスリーブブラウス。
……私の中ではものすごく頑張ったんです、これでも。
まあ…この空間に入ってしまえば、それ程ではなかったなーって思ったけど。



