オレノペット


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だいぶ世間が秋の色を示す様になった10月下旬


「…川上さんさ、最近何かあった?」


出張経費の書類を持って来た田辺さんに対応してたら不意にそんな言葉をかけられた。


「えっと…何か…ですか?」

「や、何つーかさ…」


そ、そんな鋭い眼光で真っ直ぐ見られると、何かを見通されそうで、恐い…。


えへへと愛想笑いで誤魔化す私に田辺さんがうーん…と少し小首を傾けた。


「何となく、垂れてる。」

「っ?!」


ば、バレた?!太ったの!


「なんつーか、ずっとにやけてる感じだからさ。何か良い事でもあったのかなってね。」

「あ、そっちですか…。」

「は?」

「い、いえ!こっちの話です!」


逃げるように決済の書類を課長に提出して、確認番号札を渡す。


「三日位かかるそうです。出来上がったら連絡しますね。」

「うん、ありがとう。
あ、でさ…ずっと実現出来なかった、飲みに行く話だけど。」


耳元に顔を近づけられて、身体が勝手に緊張した。


「遥に聞いたら、来週の金曜の夜なら空いてるって言うから、どう?」

「は、はい…私は大丈夫です。」

「じゃあ、決定だな。詳細は後でメッセージ送るわ。」


余裕の笑顔の田辺さん。


間近で見ると、顔の整い方が半端ないな…。
杉崎さんとはまた違った顔立ちだけど、二人ともイケメンだよね。
社内でも人気だし。


「あ、あの…田辺さんて、身体鍛えてますか?」

「…身体?」

「あ!す、すみません。田辺さんてスタイルがいいなって思って。だから運動をしてらっしゃるのかなーって…」

「ああ…まあ。一応、営業のサラリーマンだからね。沢山歩くし、夜呼び出されたりとかもあるから体力勝負じゃん?だから日常的に身体には気を遣わないと。」


仕事に対する姿勢が真面目で凄いな…私のダイエットの動機とは大違いだ。


「何?鍛えたいの?」

「えっと…引き締めたいなあって…。でもジムに行くお金も無いので、何か日常的に出来ないかなって。」

「ふ~ん…」


苦笑いで口を濁しながら理由を言った私を少しジッと見ると、ニヤリと意味ありげに笑う。


「…まあ、色々あるけどね。詳しいことは金曜日に教えるよ。」

「き、金曜日…に…」


す、杉崎さんの前であまりダイエットの話はしない方が良いんだけどな…
食べる様にしたとはいえ、何となく目を光らせてる気がするし。


「…何?遥に聞かれるとマズいの?」

「え?!い、いや~?そういうわけでは…」

「ふ~ん…」


ああ…田辺さんの顔が何かニヤニヤしてる。


「じゃあ、まあ…それもメッセージしとくわ。」

「すみません…お手間かけます…」


また耳元に田辺さんの顔が近づいて来た。


「…良いんじゃない?何かの為に頑張るの。」


掠れ声を余韻に、経理課から立ち去っていく田辺さん。


…絶対、何かがバレた。


そんな気がしてならないんですけど。
いや、さすがに今のやり取りで杉崎さんのおうちにお世話になってるとはバレてないとは思うけど……。






会社を定時であがり、ビルを出てからスマホを見たら田辺さんから運動に関する情報が送られてきていた。


『毎日出来る事をする意外にもう少しって思うなら、オススメ。』


そう綴られた後にあった情報


『公営施設のトレーニングジムと室内プール』


あ…そうか、その手があった。


この街にも、いくつか公営運動施設が点在していて…一番近い運動施設は、グラウンドとトレーニングジム、室内プールが併設されている。


『ジムもいいけど、プールは結構運動になるよ』


そうなんだ…私、あんまり泳げないけど平気なのかな。


“ダイエット プール”のワードで調べてみたら、ウオーキングが効果的って出ていた。


……そうか、泳げなくてもプールの中を歩くだけでいいんだね。これなら私にも出来そう。


フィットネス用の水着とゴーグルと帽子を帰り道で早速お買い上げ。
少々痛い出費ではあったけど、高いジムにお金を払う何分の一かで済んだから。
やっぱり田辺さんに聞いて良かった。


次の日、早速行ってみたプール。


学生以来だな…入るの。

少々緊張しながらも、1時間程、前歩き、後ろ歩き、カニさん歩きなどなど、繰り返してやってみたら、結構良い運動で。
上がる頃にはどこか心地よい疲労を感じてた。


これなら無理なく続けられるから、杉崎さんにも『禁止!』とは言われないかな…。


「あれ?沙奈ちゃん?」


帰りがけ、施設から出て来た所で後ろから声をかけられた。


「あ…皆山さん!」

「すっげー偶然!何?ここ通ってんの?」


少し濡れた私の髪を見て、「プール?」と首を少し傾げる皆山さんも、サラサラの黒髪が、毛先だけ少し濡れている。


「皆山さんもプールですか?」

「うん!もしかして、一緒の時間に中にいたかな?なんだー全然気付かなかった!」


…気がつかれなくて良かった。
とてもじゃないけど、見せられない体型だもの。


「沙奈ちゃん泳ぐの好きなの?」

「い、いえ…泳ぐのは全く。ウオーキングに来たんです。」

「へー…。」

「皆山さんは…」

「あ、俺はね、時々泳ぎに来てんの!泳ぐと気持ち良いから。」

「確かに。泳げると気持ちよさそうですよね…潜水とかしてる人、気持ちよさそうでした、横で見てて。」

「そう!もうね、魚みたいでさ…」


体育館からの帰り道、終始笑顔で楽しそうに大きい身振り手振りで話をしてくれる皆山さん。


「でさ、俺、超ビビって!だって、立ち上がると俺と同じ大きさなんだよ?オオカミ犬!」

「そもそも、どうして背比べを…」

「えー?何でだろ?そこは覚えてないかも!とにかく、そこの動物園凄いんだよ~」


私も楽しくて、話に夢中になっちゃって


……気がつけば、またマンションの前まで送って貰っていた。


や、途中何度か『大丈夫』とは言ったんだけど…「心配で眠れなくなるから送らせて!」と、手を合わせてお願いされて。


でも、啓汰とのあんなやり取りを見たら、皆山さんみたいな親切な人は心配するに決まってるよね…。


なんて、申し訳なく思い、強くお断りするのは何となく出来なかった。


「すみません。一度ならず二度までも…。」

「全然!沙奈ちゃんと沢山話せたから楽しかった。また、弁当も買いに来てね?」


「じゃあ、おやすみ!」と去って行く皆山さんは、夜なのに太陽が照らすがごとく、明るく温かい雰囲気で。


…良かったかも、沢山話せて楽しかったから。


丁寧にお辞儀をして手を振ってから杉崎さんの部屋へと戻った。



「お帰り。」


リビングのドアを開けると、丁度杉崎さんも帰ってきた所だったのか、ネクタイを緩め始める仕草のまま少し私に振り返った。


「ただいま…です。」


…昼間に田辺さんがイケメンだって思ったけど、やっぱり杉崎さんはかっこいい。

少しけだるそうにネクタイをほどく姿に、思わず見ほれてしまう。


「あの…お夕飯すぐ用意しますね。」


お夕飯はいつも朝ご飯と一緒に大体作っているから後は温めて出すだけ。


お皿を取り出そうと戸棚に向かったら、フワリと背中から包まれた。


「…プールの匂い。」


首筋に触れる鼻先がくすぐったくて、だけど、それが嬉しいと身体が示し、鼓動が早くなる。


「定時で上がれたので、公営の運動施設に行ってきました。一駅前の…」

「沙奈って泳げたんだ。」

「残念ながら泳ぎはちょっと。でも歩くだけでもやってみたら良い運動になりました。」

「へえ…。」


スンと鼻を啜った杉崎さんの鼻先が首筋に触れ動く。


「そ、そういえば…皆山さんに会いました。」

「…皆山さん?」

「はい…あのお弁当屋さんの…」


杉崎さんの動きが一瞬止まる。


「時々プールに来ているみたいで…偶然。」

「……そう。」


少しだけ腕が緩み、それから今度は痛いくらいに抱きしめ直された。


「…沙奈。」

「はい…」

「どんな水着着てんの?プール入るとき。」

「ど、どんなって…普通のフィットネス用の水着で…」

「ふーん…んじゃ、それ、着て見せてよ、今。」

「……え?」


一瞬耳を疑った。

顔だけ振り向いたら、そこには余裕の笑みを浮かべ私を見てる杉崎さん。


「あ、あの…み、水着…」

「そう、水着。」

「で、でも…」

「何、俺の前では着れないの?“皆山さん”の前では着たのに?」

「そ、そんなことは…」

「だったら、着てみせて?」


以前の様な不機嫌で威圧的な声色ではない。
けれどその柔らかな笑みがどこか妖艶な雰囲気を纏い、そのブラウンががった瞳が鋭く光を放つ。

そんな杉崎さんから、まるで金縛りにでもかかった様に目をそらせなくなった。

唯一動く喉を思わずコクリと鳴らした私に杉崎さんはフワリと目を細め、おでこ同士を付けると、そっと柔らかく唇を重ねる。


そのまま、私の首筋に顔を埋めて、唇を押し当てうなじを這う様に滑り降りて


「…っ」


それに反応した身体は更に熱を持ち、少しのけぞる。


「……夕飯前にフロだね。」


私を固く包み直す杉崎さん。そのおでこが私のこめかみに触れて、口が耳たぶにぶつかった。


「塩素、全部洗い流してあげる。」