ふたりぼっちの日



 2人の関係性は、歪そのもの。

 名をつけたくもなければ、ありきたりな枠組みに嵌めたくもない。他人ではないが友人でもない。恋人なんて以ての外だ。

 じゃあ、なんなのか。


「あ、また意味のないことを悶々と考えてるんでしょう? わかりやすくて可愛いね」

「ころすぞ」

「あは、今度は言えたね。よしよしして褒めてあげようか?」

「人を苛立たせる天才だな、おまえ」

「君はいい反応を見せてくれる天才だよ」


 こうも癪に障る言葉ばかり選ぶ女に、もはや諦めの境地で男は肩を落とした。

 しかし、口を閉じても胸の内側に残る不快感が消えることはない。せめてもの意趣返しとばかりに男は女のポケットから煙草を強奪した。

 何も言わずに淡々とした様子で見ていた女は、男が先端に火をつけて煙を吐き出す姿を眺めて、自分も口が寂しくなったのか残りの一本を銜える。

 それから、男の胸倉を掴んで引き寄せ、慣れた具合で赤く火が点る先端を合わせた。


 ──ジジ、火が移る。


 驚くほどに顔が近く、伏し目がちな目元に魅入ってしまった男は、されるがまま。


「シガーキスくらいで、照れないでよ」


 そう言われた瞬間、男はかっと頭に酸素が回った。

 仰け反るようにして女から距離を取り、憎たらしげに頬を持ち上げる女を睨む。振り回されてばかりで殺意さえもあった。

 想像以上に重い煙草の毒が肺の中で燻る。腹立たしいと不快に顔を歪める男を前に女は歓喜にも似た感情を得ていた、が。

 次の瞬間には、噛み付かれるように唇を奪われて甘みも愛もない乱暴で酷く心地いい口付けに従順に答える羽目になった。


「────……」


 男は煙草を指に挟んだ手で、女の後頭部を引き寄せる。

 唇を合わせてる2人の間には、恋人のような甘ったるい空気は一切ない。あるとしたら、今にも互いを殺しかねない空気だ。


「……ふふ。嫌がらせは、もうおわり?」


 程なくして離れた唇。

 男は衝動的な行為にすぐさま後悔を催したが、余裕綽々に微笑む女の面を目の前に、何もかもがどうでも良くなった。


「うるせえ、黙れ」

「あんな殺意のあるキスは初めてだよ。君といるとほんと楽しくて飽きないなあ」

「てめえの初めてなんか興味ねえよ」


 流れる空気に、変化はない。

 お互いに吸いかけていた中途半端の煙草を銜え直して空を見上げる。ゆったりと進む時間。


 ────彼らは、今日も、ふたりぼっちだ。