授業をさぼってばかりの不良と呼ばれる男の前でだけ何故か化けの皮を剥がす女は、確かに要領よく生きてる人間だ。
優等生の委員長といっても、女はよくある眼鏡の真面目なタイプではない。本来なら注意されて目を付けられるような見た目のクラスのムードメーカー。
ただ、女は自分に有利に働く状況を作り出すのが異様に上手かった。
第一印象で好印象を残し、気難し教師も懐柔。クラスの空気を明るくして地味で暗い生徒も気にかける。成績は上位30位の中に常に駐在。そのお陰か、些細な校則違反は見逃される始末。
誰からの評価も概ね高い女は、もはや尊敬の域に達するほどの策士だ。
だからか、女と初めて校舎裏で邂逅した時あっさりと弱みとなる本性を露わにした女に、男は懐疑心と同時に心を許してしまったのだろう。
「君は喧嘩してばかりの問題児のくせして心優しいよね。あ、そうだ。不良って捨てられた子犬を拾うのが趣味なのかな」
「……しね」
先日、男がダンボール箱に捨てられていた子犬を拾ったところを見ていたと暗に告げてる女に、男は苦々しい顔する。
どこで見てやがった、と不満をぶつけたいが、自分の行いを女に馬鹿にされる方が最悪だった。
「あはは、他人任せだなあ。殺す、くらい言えればいいのに」
「おまえ、ほんとに人間かよ」
「天使だと思ってた?」
「悪魔」
「なら、君が天使かもね」
ああ言えば、こう言う。
天使なんて幻想的な生き物には到底かけ離れてる男に本気かどうかもわからない口調で言う女は、なんとも楽しげだ。
男は三白眼の目を眇め、短く舌を打つ。見た目だけなら天使にもなれそうな悪魔の女の白い肌に嫌がらせとして噛みつきたくなるほどに虫の居所は悪かった。
「……まあ、なるなら天使よりも神様の方がいいけどね。愚かな人間を弄べる采配は楽しそう」
「てめえが神様になったら秒で地球がおわるな」
「ふふ、そうかな?」
「いたずらに何もかも壊すだろ、おまえみたいなイカれた奴は」
「そんな破壊神みたいな言い方しないでよ〜」
女はしょんぼり眉を下げて「傷付いた」と口を尖らせるが、全く傷心してるようには見えない。何もかもが嘘っぱちで、事実ではない。
同じ黒い瞳のはずが、透き通った水色に思える。ただし美しいのは表面上だけで、女の瞳には実際には何も映ってないし、何も感じてないのだろう。
すらりとした長い手足をぐっと伸ばし、外壁に凭れた女から視線を逃がすように、男は停滞気味の積雲に目を向けた。
己の感情から逃げたくもあった。



