私たちは恋がしたい

1話の続き

◯駅のホーム(夕)

菫「お、教えて……」
伊桜「あー違うか。あんたがいう恋愛を教えてって意味」
菫「……へ?」
菫(ど、どういうこと?)
伊桜「俺、恋愛感情とかそういうのよくわかんないんだよね」
菫「わ、わからない……?」
菫「でも、いっぱい彼女さんがいるんじゃ……?」
頭の中で女の子たちに囲まれている伊桜を想像する。背景は薔薇。
伊桜「告られれば断る理由ないから受け付けてるけど」
菫(そういう理由で!?)
伊桜「本当の恋とかわかんないし」
菫「な、なるほど」
菫(そういう人もいるんだ……)
菫「えっ、それでなんで私が教えることに?」
伊桜「少女漫画にはそういうこと書いてあるんだろ」
伊桜「それなら、同じようなことしてれば人を好きになるみたいなのがわかりそうだし」
菫「私じゃなくてもよくては!?」
伊桜「もちろん、交換条件ってやつだから」
菫「交換……?」
伊桜「人と話すのが苦手なら、俺が攻略法を教えてやる」
菫(コミュ力おばけの朝凪くんに教えてもらえる!?)
伊桜「そしたら現実で恋愛もできるようになるんじゃない?」
伊桜「悪くない条件だと思うけど」
菫(たしかに、朝凪くんに教えてもらえたら変われるかもしれない)
菫「わ、私で良ければ」
伊桜「おけ。じゃあ、今日からよろしく」

〇教室(朝)

翌朝、はああああ、と、とんでもない溜息をついている菫。
菫(つい勢いで受け入れちゃったけど、これってどうなの!?)
菫(朝凪くんの彼女さんたちに知られたら一発アウトじゃんかよ)
ぐるぐると悩んでいる菫を、前の席で頬杖つきながら見ている風香。
風香「めずらし。今日は一回もげろ甘漫画読んでないじゃん」
菫「それどころじゃなくなったんだよ……」
ちらりと伊桜を見る菫。そこにはいつも通り人に囲まれた伊桜の姿。
菫(本当の恋をしたことない、か)
菫(好きになるから付き合うものだと思ってたけど)
菫(そうわけでもないんだなあ)
ブブと菫のスマホが振動する。
菫(朝凪くん……!? そうだ、昨日連絡先を交換したんだ)
【放課後、図書室で】
それを見てブルブルと震える菫。
菫(こんなの、好きな人だったらとんでもないシチュエーションなのに)
菫(なんでときめきよりも恐怖が勝つんだろう)
菫「どうか彼女さんたちに見つかりませんように!」
風香「(不思議そうに)なに祈ってんの」

〇廊下(夕)

菫(よりによって先生に捕まるなんて……!)
菫(ってプリント提出するの忘れてた私が悪いんだけど)
ごめんなさい先生と謝りつつ、急いで廊下を走る。
菫(朝凪くんに連絡はしたけど既読になってないし)
菫(さすがにいないと思うけど……)

〇図書室(夕)

がらんとした図書室。誰もいないと思って帰ろうとする菫。
しかし、何かに気付く。そこには男子生徒の足が見え、気になって覗いてみると本棚にもたれて眠る伊桜の姿を見つける。
菫「……いた」
そのことに、ちょっと驚く菫。
菫(とっくに帰ってると思ったのに)
すやすやと眠る伊桜に近づく。
菫(うわ、顔面強っ)
コミカルに眩しそうな顔をする菫。
そおっと見つめていると、伊桜の目がぱちりと開く。
伊桜「俺に興味でも出た?」
菫「!?」
菫「で、出てませんけど?」
心臓がバクバクしている菫。それを見て「おもろ」と笑ってる伊桜。
菫「あ、あの……遅くなってごめんなさい」
伊桜「寝てたし。謝るほどの遅刻でもないでしょ」
菫「いや、遅刻は遅刻だから」
その言葉を受けて、はっとするような伊桜。
伊桜「……真面目か」←彼の周りには約束をあまり守らないタイプが多い。
菫「いや、そもそも時間は守るためにあるもので……!」
菫「それで、話っていうのは……?」
伊桜「え」
菫「え?」
伊桜「昨日の話、なくなったん?」
菫「昨日……?」
伊桜「俺はあんたに人前でまともに話せるようにする」
伊桜「んで、そっちは俺に恋愛を教えてくれるんじゃないの」
菫「そうだけど、でも実際にどう進めるかは……」
伊桜「人間が恋愛するときの感情を教えてくれたらいいんだけど」
菫(感情かあ……)
少し考えた顔を見せて、しゅばばばとスマホの画面に文字を打ち込む菫。
ブブと伊桜のスマホが振動して、伊桜がそれに気付く。
画面には【おすすめ10選】として”恋の色キャンバス”、”星降る夜に君を見つけて”、”ドキドキリフレイン”、”微炭酸ラブレター”という少女漫画のタイトルが並んでいる。
伊桜「全然レクチャーする気ねえだろ」
伊桜「あと、どんだけ数あるんだよ」
菫「それでも結構絞ったほうで……」
菫「この漫画は人が恋に落ちる瞬間が丁寧に描かれてて、それはもう神作品としか言いようがないっていうか」
伊桜「文字だけじゃ恋愛がよくわかんないんだけど」
菫「そう言われても……」
菫(私が教えられることってそんなにないし)
ふと、伊桜がいろんな女の子と一緒にいる光景を思い出す。
菫「あの、朝凪くんが誰とでも付き合うのって、意味があったりするの?」
伊桜「意味? さあ、そのうちわかるかと思って」
菫(それで雪だるま式に彼女が増えてたんだ……!)
菫「恋愛っていうのは、そもそも簡単にわかるものではなくてですね」
伊桜「視線」
唐突に、伊桜が口を開く。(目は隠れ、どういう表情をしているか分からないようなイメージ)
顔を上げると、真剣な表情をしている伊桜と目が合う。
伊桜「あんた人と話すとき、ほとんど人の目を見ないだろ」
菫(言われてみれば……)
【人の目が怖くて、基本的に合わせないようにしてた】
伊桜「それから、なんでそんな自信なさそうなんだよ」
菫「そ、それはまだ……怖いというか」
伊桜「怖いって、お前のこと刺しに来てるやつばっかなのか」
菫「刺す!?」
菫(そっちの怖いではなかったけど)
伊桜「じゃあ、堂々と話せばいいだろ」
伊桜「怯えてるやつには、怯えてるやつだって認識で話すから」
伊桜「そんなんじゃ、なめられる」
菫「な、なるほど」
菫(なめられるか……)
伊桜「練習してみな」
伊桜「試しに俺の目を10秒見ながら話すとか」
菫「じゅ、10秒!? それは長すぎ……!」
伊桜「いけんだろ」
伊桜、菫の顎を掴んで口を開く。
伊桜「こういうのは、別に難しく考える必要はないし」
菫(手……! 朝凪くんの手が私の顎に……!)
軽くパニックになる菫だが、そんなのお構いなしの伊桜。
伊桜「絶対逸らすか、って気合いでやれ」
菫(根性論! しかも長くない?)
伊桜「ちなみに、俺はまだいけるけど続ける?」
菫「つ、続けません!?」
ぱっと顎から伊桜の指が離れていく。
伊桜「はい、じゃあ次」
菫「つ、次……?」
菫(今の高度な技が私にもやれと?)
伊桜「ほれ、スタート」
強引に始められて、なんとか慌てて伊桜の目を見る。
じっと見つめていると、恥ずかしくなって、外したくなる。
伊桜「こら、そのまま」
菫(バレてた……!)
なんとか見ていると、ふとあることに気付く。
菫「……朝凪くんの目、すごい綺麗なんだね」
その瞬間、伊桜の瞳が揺れて視線が外れる。
伊桜「(赤面しながら)それは、反則だろ」
菫「えっ、あ、ご、ごめんなさい」
菫「ただ、そう思ったと言いますか」
やらかしたと思っている菫だったが、伊桜は「あのさ」と口を開く。
伊桜「あんたは俺の顔を見て何も思わないの?」
菫「思う……? え、あー……整っているなあとか?」
伊桜「それだけ?」
菫「え? あ、私も男だったらこんな顔がよかったとか」
それを聞いて、ふっと笑う伊桜。
伊桜「なんだそれ」
菫「違った? 何が正解だった?」
伊桜「正解とかないけど」
伊桜「いい意味で、俺に興味がないんだなって再確認したところ」
菫「興味……」
伊桜「俺に告ってくる女は、顔が目当てだから」
その横顔は、すごく寂しそうで、こんな顔を見るのは初めてな菫。
菫「……朝凪くんは、今まで好きな人いた?」
伊桜「いない」
菫(顔が良くて告白されるって……なんていうか、あんまいいことじゃないのかな)
すると、伊桜が急に顔を近づけて、「うえっ!?」となる菫。
伊桜「あんたの目も綺麗だと思ったよ」
あまりにもいきなりで、きゅんとした菫。
菫(……あれ、ちょっと待って)
菫(今のは、やばかったかも……?)
呆然としている菫。