私たちは恋がしたい

〇駅のホーム(夕)

駅のホームにあるベンチに菫と伊桜が横並びで座り、互いに見つめ合っている。
ヒロイン:水縹 菫(高校三年生)
くっきりとした二重の瞳に、前髪が少しかかっている。セミロングの髪は全体にゆるふわで、黒色。

ヒーロー:朝凪 伊桜(高校三年生)
整った顔立ちに、金髪の前髪をかきあげている。

【少女漫画以外でドキドキするようなことなんてないと思ってたのに】

伊桜「ねえ、もっとあんたのこと教えてよ」

伊桜、菫の耳元で囁く。その言葉を受けて赤面する菫。

【まさか、現実でときめいているなんて】

〇教室(朝)

机に座りながら少女漫画に胸をときめかせている菫。
菫「神……神ですか、この展開……!」
風香(菫の親友、ショートカットの男の子みたいな髪型)呆れた顔で菫を見ている。
風香「まーた朝からげろ甘本読んでんの?」
菫「(期待に満ちたように目を星マークにして)ほら、見て。電車で痴漢から助けてもらうシーン!」
菫「ほかの人は見て見ぬフリなのに、ヒーローが颯爽と登場するんだよ」
風香(漫画を少し読んで)「こんな男、実際にいないから」
菫の頭にひょいっと漫画を乗せてやさしく返す。
菫「文句ばっかだ……」
風香「もう高校に入って二年よ? 二次元にときめくのはいいけど現実見なさいよ」
菫「現実って……」
そこへ、クラスメイトの男子生徒(モブ)が菫の席にやってくる。
男子生徒「水縹さん」
菫「(怯えたように過剰な反応を見せる)ッひゃ、ひゃい」(本人は、はい、のつもり)
男子生徒「(それを見て、またかよ、みたいな顔)あー……現国のノート、提出できてないの水縹さんだけらしいけど」
菫「だ、っ……は……ずびっ(出します、はい、すみませんが言いたい)」
男子生徒、去っていきながら友人に「過剰に反応し過ぎだろ」とからかう。「ムリだろ、友達以外まともに人と話せないんだから」「意識されても困るんだけど」セリフの矢がぐさぐさと菫の頭に刺さる。
菫、あくまでもトホホな様子で、矢が刺さった頭を撫でる。
菫(わかってはいるんだけどなあ……)

〇回想(菫の中学時代)

男子生徒(学ラン)「(嘲笑うように)もしかして、少女漫画みたいに振らないといけないやつ?」
菫(セーラー服)「(酷く傷ついた顔)……ッ」

〇回想終了

菫(高校では切り替えようと思ってたのに、これじゃあ逆効果だ……)
風香「そうして、二次元に逃げ込むようになったのでした」
菫「ちょっと! 勝手にナレーション入れないでよ」
風香「ま、実際、このまま生きていくってのも現実的じゃないっしょ」
菫「……わかってるよ」
菫「はあ、恋したいなあ」
風香「ほら、あそこの軍団は?」
菫が風香の視線を追うと、廊下側の壁にもたれて談笑する一軍グループ三人。
風香「特に朝凪くんは顔よし、スペックよし、コミュ力お化けで、まさしく少女漫画に出てくるようなヒーローじゃん」
菫「……彼女いっぱいいるようなヒーローは、ヒーローじゃないんよ」
【朝凪 伊桜くん】
【告白すれば誰でもOKを出す】
【噂では10人ぐらい彼女がいるらしい】
風香「彼氏にするのはちょっと不安か。女の影ありまくりだし」
菫「そう! 私にとってのヒーローは、優しくて頼り甲斐があって好きな子に一筋みたいな男の子がタイプで、しかも」
風香「二次元に限る!でしょ」
菫「おっしゃる通り!」

〇駅のホーム(夕)

菫(はあ、どれだけ読んでも神……!)
電子書籍でスマホを読む菫は、駅のホームで電車を待つ列の一番前に並んでいた。
伊桜「!」
そこに、伊桜が何かに気づいたようにして菫に近づく。
伊桜「待ち合わせ、ここだった?」
突然話しかけられて驚く菫。
菫「へっ?」
菫(なんでいきなり話しかけられるの!?)
伊桜「ごめん、スマホ学校に忘れてた」
菫、一体どういうこと?とコミカルに目を見開く。
伊桜「寄りたいとこあるから、ちょっと付き合ってくんない?」
そう言って手首を掴まれて強引に連れて行かれる。
どうなってんだとそのまま連れられていく菫。少し離れると伊桜がようやく手首を離した。
伊桜「あ、ごめん。あんた、俺の彼女じゃないか」
菫「は、はい……?」
伊桜「今日は誰だっけって考えてたんだけど、見覚えある子いたから」
菫(同じクラスですけど……!?)
菫(それより、彼女かどうかわからなくなるってどんだけ彼女いんの!?)
伊桜「あれ、固まってる」
菫「ふ、ふっ(何かを言いかけてる)」
伊桜「?」
菫「ふ、ふにゃけないでくだしゃい!(ふざけないでください!)」
伊桜「……なんて?」
菫「か、彼女が誰か、わわわわからなくなるぐらい、彼女作るとか……!」
伊桜「あー……そっちタイプね。すまんすまん」
悪びれた様子もない伊桜に「噂通りだ……」と思う菫。
伊桜「でも、また間違えるのもあれだし、明日から一本電車ずらしたら?」
菫「な、なんであなたのために……っ」
伊桜「じゃっ」
颯爽と去っていく背中に、なにあれ!と呆けて立ちすくむ菫の姿。

〇翌日の教室(朝)

菫「ということがありまして」
風香「うわあ、それは巻き込まれなくてよかったね」
菫「巻き込まれ……?」
風香「もし昨日の彼女がその場に言わせてたら大修羅場だったんじゃない?」
菫「はっ! そうか……」
菫(彼女さんたちに見られなくてよかった)
風香「関わるとロクなことがなさそうだしねえ」
こっそりと伊桜がいるほうを見る。男女の一軍グループがそこにいて、伊桜は談笑していた。
ふと目が合って、勢いよくそらす。
菫(関わらないのが一番……!)

〇駅のホーム(夕)

昨日と同じく、駅のホームで一番前に並びスマホで漫画を読んでいる菫。
菫(あ、そういえば電車を一本ずらしたほうがいいって言われてたっけ)
菫(忘れてたけど、だからってあの人のために変えるのはなんか癪だし)
昨日のことを思い出して、一瞬むかっとする。
一応周りを見渡すが、伊桜の姿はない。
開き直ってそのまま並んでいると、ふと、後ろの人(スーツを着たサラリーマン)がやたらと近いことに気づく。
菫(……ん?なんかちょっと)
気のせいかも、と思いながら電車に乗る。満車で立っていると、やたらと後ろの人の息遣いが近いことを感じる。
菫(いや……まさか)
菫(これって、いわゆる痴漢ってやつでは)
ごそごそと、手元が動いていることに「ひっ」と思いながらも声があげられない。
菫(や、やめてくださいって言う?)
菫(いや、でも誤解だったらどうしよう……この人、冤罪になっちゃんじゃ)
怯えながらぐるぐる考えていると、
?「やめろよ」
ぱしっと菫の後ろにいた男の手を掴んだ同じ制服の男の子。
見上げればそこには伊桜がいた。
菫「え……」
伊桜「次で降りるんで一緒に来てもらえますか」
男を睨んでいた伊桜は、それから菫に視線を移す。
伊桜「あんたも一緒に来れるなら」
そう言われて「は、はい」となんとかうなずく菫。

〇駅のホーム(夕)

ベンチに座っている菫と伊桜。
駅員に伝えると、すぐに警察がやってきた。最初こそ痴漢を否定していた男も、伊桜に「証拠あるんで」と動画を見せられるとあっさりと認めた。
菫(やっぱり痴漢だったんだ……ああいうの、人ごとだと思ってた)
伊桜「気分悪いならなんか買ってこようか」
菫「へ?」
伊桜「顔色悪いし」
菫「あ……大丈夫です……あの、ありがとうございました」
伊桜「別に。たまたま乗ってただけだし」
菫、ここに来るまでに考えていたことを思いきって切り出す。
菫「あの……昨日の、もしかして助けてくれてました?」
菫(変なタイミングで声をかけられたなって思ってたけど)
菫(今思えば、あのときも後ろにさっきの男がいたかもしれない)
伊桜「……(少し考えた表情で)いや、ただ間違えただけ」
菫「……そ、そっか」
菫(そうは言うけど、同じ電車に乗って、しかも私のいる場所が見える位置にいてくれたことは、偶然だとは思えない)
菫「……ありがとう」
伊桜「だから、別に俺は──」
ぽろぽろと泣いている菫を見て、え、と驚く伊桜。
菫「あ……ごめんなさい。なんか、安心したっていうか……」
菫「昨日も今日も、朝凪くんがいなかったらって思ったら、ちょっと怖くなって」
必死に涙を拭いながらも涙が止まらないことに「あれ、なんでだろ」と無理に笑おうとする菫。
伊桜「……」
伊桜「普通に話せんじゃん」
菫「え?」
伊桜「いつもキョドってんだろ」
菫「それは……人と話すのが苦手で」
菫(言われてみれば、いつもよりはちゃんと言葉が出てる)
伊桜「いつもみたいに、神とか、言ってるほうがいいよ」
菫「き、聞いてたの……!?」
伊桜「聞こえるし。何がそんないいわけ?」
菫「何って……恋がいいんです!」
伊桜「ふーん」
菫(聞いておいてその反応……!)
スマホを取り出して「これです!」と画面を見せる。
画面には、ヒーローが「一生お前を大事にする」と定番のセリフをヒロインに向かって伝えているシーンが移されている。
菫「こういうの、現実では味わえないので、それを漫画で満たしてもらっているというか」
伊桜、スマホの画面を見る。そこには、泣いているヒロインの涙を拭って「だから安心して」と微笑む優しいヒーローの姿。
伊桜「……じゃあさ」
菫の頬に流れた涙のあとをなぞる伊桜。その行動に「えっ!?」と驚く菫。
伊桜「(試すような視線で)こういうのは……ドキドキすんの?」
菫「!?」
顔が真っ赤になる菫。それを見て「へえ」と面白そうな顔をする伊桜。
伊桜「そういう顔もできるんだ」
菫「あ、あの……」
伊桜「ねえ、もっとあんたのこと教えてよ」