「レイネ侯爵令嬢、マグダレーナ・フォン・ガーデベルク様。そうですね?」
馬車も服装もふだんとはまったく変えているというのに、男は心得顔で口角を上げてみせた。
「どなたですか?」
鼓動が速まり、声も震えてしまう。それでもマグダレーナは気丈に背筋を伸ばして、相手を見返した。
「あなたのような見知らぬ方に、むやみに名乗るつもりはございません」
何が起きたのか見当もつかないが、正体不明の賊に弱みを見せたくなかった。修道院に向かう道にはほとんど人通りがなく、たとえ大声を上げたところで救いなど来ないとわかっていたが――。
「なるほど。確かにおっしゃるとおりだ」
意外なことに、かすかな笑い声が響いた。
「アレンは……馭者はどうしたのです?」
「馬車を降りていただけますか」
相手はマグダレーナの問いかけには答えず、手を差し出した。
「私と一緒においでいただきたい」
いかにも怪しげな姿なのに、その身ごなしはかろやかで気品があった。不自然に押し殺してはいるが、声音も若々しい。
「お断りいたします。わたくしは修道院に向かうところですから」
「申しわけないが、それはあきらめていただきます」
「ですが――あっ!」
次の瞬間には強く引き寄せられていた。
「んんっ!」
抗う間もなく鼻と口を布で覆われる。途端に強い刺激臭にむせて、涙で視界がかすんだ。
馬車も服装もふだんとはまったく変えているというのに、男は心得顔で口角を上げてみせた。
「どなたですか?」
鼓動が速まり、声も震えてしまう。それでもマグダレーナは気丈に背筋を伸ばして、相手を見返した。
「あなたのような見知らぬ方に、むやみに名乗るつもりはございません」
何が起きたのか見当もつかないが、正体不明の賊に弱みを見せたくなかった。修道院に向かう道にはほとんど人通りがなく、たとえ大声を上げたところで救いなど来ないとわかっていたが――。
「なるほど。確かにおっしゃるとおりだ」
意外なことに、かすかな笑い声が響いた。
「アレンは……馭者はどうしたのです?」
「馬車を降りていただけますか」
相手はマグダレーナの問いかけには答えず、手を差し出した。
「私と一緒においでいただきたい」
いかにも怪しげな姿なのに、その身ごなしはかろやかで気品があった。不自然に押し殺してはいるが、声音も若々しい。
「お断りいたします。わたくしは修道院に向かうところですから」
「申しわけないが、それはあきらめていただきます」
「ですが――あっ!」
次の瞬間には強く引き寄せられていた。
「んんっ!」
抗う間もなく鼻と口を布で覆われる。途端に強い刺激臭にむせて、涙で視界がかすんだ。
