「リサー、起きてー。」
 お母さんの声がしてなまけている体を起こして目を開ける。
 今日は土曜日なのに、なんでこんなに早く起こすの……?
 お母さんが少し焦った顔でこういった。
「リサ、今日はお祭りよ。早く浴衣に着替えて颯君と行ってきなさい」
「え、今日はお祭り?」
「そうよ、年に一回のお祭りなんだから。」
 そっか…って、いくらなんでも急すぎない⁉
 お母さんの手には可愛い白色の浴衣があった。
「リサ、これに着替えて。おめかししていくわよ。」
 お、おめかし…。こんな地味女が綺麗になれるのかな?
 ま、まあ。信じてやってみよう。
「お、おねがいします…」

「じゃーん、完成―。」
「わあ、すごい…」
 鏡には見たことのない自分がいた。
 す、すごいっ…!
 私の顔じゃなくてお母さんのお化粧の技術とか含めて。
 髪の毛も軽くお団子に結っていて可愛い。
「でも、お母さん。メガネが……」
 私、メガネなしじゃあだめなの。
「なんで?目も悪くないし可愛いじゃない。」
「……い、いや…メガネがないと、外に出れない。」
「そう?じゃあ、メガネをかけていきなさい。」
 無事安心できるメガネをかけて、巾着に財布を入れて玄関でお母さんに声をかける。
「お母さん、いってきます。」
「いってらっしゃい」
 家の外で夜光さんが待っているらしい。
 なれない下駄をはいて外に出る。
 ドアを開けると浴衣を着た夜光さんが立っていた。
 相変わらずその格好も様になっているな。
「夜光さんっ、おまたせっ。」
 夜光さんはこっちに気付いたようだ。
 小走りで夜光さんのほうに行くと夜光さんは頬を赤らめ私の顔を見つめている。
「夜光さん?」
 どうしたんだろう…あ、もしかしてお化粧が濃かったかな…
 夜光さんは頭をかいて「あー、」と何かを考えている。
「可愛いだろ……」
 ん?何か言った?聞こえなかった。
「なんか言った?」
「いや、なんでもない。」
 どうしたんだろう…?変な夜光さん。
「あのさ、メガネは外さないの?」
 不思議そうに見てきた。
「あ、あの。メガネは、なんだか手放せなくて……」
「ふーん。」
 自分が情けない。対して理由もないのに、外に出るのはメガネがないと、勇気が出ないなんて。
「夜光さん。」
「俺の名前は颯。」
 いや、知ってるけど…?
「そうじゃなくて。…颯って呼んで。」
 な、名前呼び⁉
 ええ、いきなりはハードルが高い。
 私が何も言わないでいると
「言ってくれないと、意地悪しちゃうよ。」
 ええ、それは困る……
 意地悪にほほ笑む夜光さんに私は口を開く。
「そ、そそそ、颯…さん……」
「ぶっ、そんなに嚙む?俺の名前で?」
 そういって爆笑している夜光さん…じゃなくて颯さん。
「そ、そんなに笑わないでよ…」
「わりぃわりぃ。いじめすぎた」
 もう、本当だよ。口から心臓飛び出るかと思ったからね…
 そのあとに他愛もない話をしてついにお祭りに到着した。
 金魚すくいにりんご飴。射的などの屋台が並んでいる。
 わあ、楽しそう。興奮して颯さんから離れそうになる。
「リサ。はぐれんなよ。」
 颯さんに注意深く警告されてびっくり。
「な、なんで。私ははぐれないし…」
「背が低くて埋もれても知らないよ?」
 うう、確かにこの人数じゃ私は簡単に埋まるかも…
「ご、ごめんなさーい…」
 お祭りなんて何年ぶりだろう…
 毎年人数が半端じゃないこのお祭りは田舎からとったら一大イベントなのである。
 それに、おしゃれしている人たちもいて私は恥ずかしくなった。
 みんな、あんなに可愛いのに……私は地味だからそんな人たちとはかけ離れている。
「なあ、リサ。りんご飴いる?」
 颯さんがりんご飴の屋台を指さしながら言った。
「食べたい‼」
 りんご飴は私の大好物‼
 お祭りに来たら絶対これは食べるんだ。
 りんご飴を買うとき、さりげなく颯さんが払ってくれた。
 あとで返さないとな……
 りんご飴を持ってお財布を出す。
 りんご飴を持っているから出しにくい…
「あっ」
 颯さんがりんご飴を持ってくれた。
「ありがとう。お金返すね」
 そういってお金を出そうとすると止められた。
「いいから、今日は甘えとけ」
「あ、ありがとう。」
 今は甘えたけど、次は絶対私が出すからね。
 颯さんにだけ甘えるとか、私なんかがしてもらったらだめなんだから。
 颯さんから好きになってもらった女の子は幸せだろうな。
 私たちは場所を変えて人が少ないところに行った。
「いただきます…」
 りんご飴を口に入れるとカリッといい音が鳴った。りんごのジューシーさと甘酸っぱい風味が広がって、飴の甘さと相まっておいしい。
 そういうところが大好き。
 私があまりにもおいしく食べているせいか颯さんが気になった感じで言ってきた。
「それ、おいしいのか?」
「めっちゃおいしい」
 あまりにも即答だったせいかびっくりとしている。
 もしかして食べてみたいのかな?
「食べてみる?」
 そういって颯さんにりんご飴を近づけると「いただきます」といって食べてくれた。
 食べる仕草があまりにも色っぽくてパッと目をそらしてしまう。
 すると「あまっ」と顔をしかめている。
「ふふっ、可愛い…」
 卵焼きは甘めが好きなのにりんご飴とか甘すぎなのは無理とか……微妙でかわいい。
「……俺はリサのほうが可愛いと思うけど…」
「へっ、」
 今、かわ…可愛いって言った?
 颯さんは何ともない顔しているし、聞き間違いだったかも……ときめくな、私の心‼
 は、恥ずかしい…
 気を紛らわすためにりんご飴を少しかじると間接キスをしたということを思い出してしまった。
 少し颯さんが食べたところを意識してしまう。
「なに?間接キスが気になるの?」
 私はせき込んでしまった。
 図星って気づかれるじゃん…
「ふーん、図星かー。」
 気付かれていた…‼
「いや、別に………あ、颯さんほかに何か食べたいものはありますか?」
 慌てて話をそらした。
 絶対意地悪されるからな。私の心臓…持たないかも…
 ん?私の心臓が持たないってもしかして私、颯さんのこと…好き……そんなことはないよね。
「たこ焼きがいい」
 たこ焼きは…少し遠いところにあるな。
 でも…りんご飴を買ってもらったからにはいかないとな。
「よし、行こう。」
「大丈夫。それよりも金魚すくいで勝負しよ」
「え…全然いいけど…」
 たこ焼き、食べたいんじゃなかったの?
 私は少し、颯さんが無理しているように見えた。

「あ、破れちゃった」
 ポイを見てつぶやく。そう簡単じゃないんだな。
 スーパーボールならもっと取れただろうけど、動くからな……難しい。
 颯さんを見ると三匹もとっている。
「ばーか、こうやってするんだよ」
 お互い初めてなのに、こんなに差が出るなんて…
 颯さんはどんどんとっていく。ポイに金魚が吸い込まれていくよう。
 颯さんの袋には五匹。私は二匹。颯さんのポイは破れなかったんだけど、もう金魚はいらないって途中で終わった。
 確かにそんなに金魚がいても、お世話が大変だもんね。
 気付くと外はもう暗くなっていた。
 結構集中していたみたいだ。
 金魚すくいも颯さんに払ってもらっちゃった。颯さん、絶対払わせてくれなかったもん…
 暗くなったせいか、人がさっきよりもすごく増えたような気がする……
 さっさと帰っちゃおう。
「颯さん、行くよ」
 人ごみの中に思い切って飛び込む。
「あ、待てって…リサ‼」
 後ろを振り向くと颯さんがこっちに手を伸ばしていた。
 だけど、周りの人が私たちの距離を埋めるように人が押し寄せてくる。
 このままだとはぐれちゃう…
 私も手を伸ばしたけど、颯さんの手に届かなかった。
 周りの人が私と行きたい方向じゃないほうに行くから私もそっちに流されてしまう。
「颯さんっ…!」
 私はそのまま流れて行った。
 背が低くて視界はあんまり見えないまま流されていた。

「ここ…どこ?」
 やっと人が少ないところに着いたと思ったら知らないところにいた。
 周りに屋台もあるから、お祭りの中には、いるのだけど…
 颯さんが、いない……
 あんなに迷子になるなって俺と離れるなって言ってくれていたのに、私が不注意に人ごみに飛び込むから…
 早く合流して帰らないと、お母さんが心配しちゃうし。
 颯さんに電話しようとしたけど、通信が混雑していてつながりにくい……
 何度か電話を試みるうちについにつながった。
 あ、つながった。
「もしもし、颯さん!今、どこにいますか…?」
「リサっ、俺が行くから…」
 ぷつっ。
 電話が切れちゃった。
 とりあえず、颯さんを探さないと。
 私はふと、たこ焼き屋が目に入った。