私は普通の高校生。だけど、私は超地味。
 伊達メガネに低い位置のツインテール。見た目からしても地味だ。
―――ドンっ
 痛っ。
「ご、ごめんなさ…」
「痛ーい。何やってくれてんの?どっか向いてんじゃないよ。地味女。」
 …地味女。ずっと言われ続けていて慣れているはずなのに、いつも傷ついてしまう。
 私はうつむく。
「なにやってんの?」
 誰?
 振り返ると見知らぬ男の人が立っていた。
「そ、颯様っ。」
 この人を目の前にすると顔をさっと青ざめた。
「あ、う、え、ご、ごめんなさーい」
 そういって走ってどこかに行ってしまった。
 男の人もどこかに行ってしまいそうだった。
「あ、あのっ。」
 こういう時に声が出ない…お礼を言いたいのに。
 いわなきゃ。助けてもらったんだから。
「なに?何か用?」
 な、何なのこの人…怖すぎるっ。
 ふいに胸につけている名札が目に入る。
 夜光颯っていうのか。それに、同い年みたいだ。
 というか、この人、結構かっこいい。高い鼻筋にさらさらと清潔感のある髪の毛、高身長、すらりとしたスタイルの良さがイケメンというのだろう。
 どれも当てはまっている人を前にして見とれてしまう。
 私があまりにもじーっと見ているから居心地が悪そうに
「あんまり見んな。」
 そういってどこかに行ってしまった。
 ちょっと、っていうか、だいぶ怖かったな。
 それに、お礼が言えなかった。またどこかで言えるといいな。
 いや、それより仕事。ただでさえ時間がないのにさっきのことでだいぶ時間がたってしまった。
 次は、貸し出し、返却の時にバーコードをスキャンする仕事。これ、スキャンするのも楽しいし貸し出しや返却がなかったらサボれるし好きなんだ。
「これ返却。」
「はい。」
 振り返るとさっきの夜光さん。
 やっぱりいつ見ても隙がないこの顔。そこら辺の女子は放っておかないだろうな。
「ま、また来てくださいね。」
 夜光さんは私の顔を見るなり出て行った。
 私の顔に何かついてたかな?
 パソコンに反射する自分の顔を見ても何もついてはない。
 何だったんだろう?
 そういえば、夜光さんってさっき文学の本を借りていたな。意外と勉強できる人?
 次の人から返却をお願いされて仕事に戻った。
「ま、また来てください。」
 ふう。終わったー。今日も大変だったな。授業まであと何分だろう?
 やばい。もうすぐじゃん。早くしないと授業に遅れちゃう。
 やばいやばいっ!遅れたらめっちゃ気まずいし、次の授業、先生が結構厳しい人なんだよね。
 私は走って教室へと急いだ。

 ぎ、ギリギリセーフ。
 教室に入った途端、始まりのチャイムが鳴ったから本当に危なかった。
 取り乱した髪の毛を直しながら呼吸を整える。
 すると、少し遅れて先生がやってきた。
「授業を始める前に席替えをしたいと思います。出席番号順にくじを引いていって。」
 せ、席替え⁉
 どんどんくじを引いていく生徒たち。
 途端に、教室ががやがやと騒ぎ始めた。
 私は始業式に風邪をひいてしまってスタートが出遅れてしまった。教室に行ってもほとんどグループが出来ていて私と数人がグループに入れずにいたころ、偶然隣の席の女の子が話しかけてくれた。それがきっかけで仲良くなれた。
 けど、席替えで近くになることも隣になるのは難しい。
 その女の子は泉沙絵(いずみさえ)ちゃん。おとなしくてかわいい女の子。だけど、野球を習っていて運動神経抜群‼。本人も恥ずかしくて隠してるらしいけど、すごいことだよね。それにその秘密を私に教えてくれて、すごくうれしかったんだ。
 今ではたった一人の親友までになったんだ。どうか隣の席になりますように。
 そう願いながらくじを引いた。
「じゃあ開けるよ。」
 二人が顔を見合わせてくじを開く。
「「せーのっ!」」
 確認してみるとどうやら三列目の端っこみたいだ。
「私、三列目の端っこ。」
 沙絵ちゃんが何度も自分のくじを見たり席順の表を見たりを繰り返している。
「私たち、前後だ。」
 ぜ、前後…!本当に?
 そう確認するように視線を向けると、うんうんと沙絵ちゃんはうなずいてくれた。
 夢じゃない?夢じゃないよね。
 そのあとに席を動かしてみるとやっぱり前後。
 やった!神様が近くにしてくれたのかな?
 私たちは静かに喜んだ。
 だけど、問題はほかに一つある。それは私の隣の席。
 ……夜光さんが座っていたんだ。
 つまり、後ろに沙絵ちゃん。隣に夜光さん。
 最悪ととらえるか、最高ととらえるか。
 まあ、隣の席だからってあんまり支障はない。それに騒ぐようなうるさい人じゃないし。
 関わらなかったら関係ない。私は最高ととらえることにした。
 それにしても、黒板が見えにくい。前にいる男の人の背が高いからな。
 もちろん前の席にしてもらうこともできた。でも、沙絵ちゃんと離れるくらいだったらこんなの全然我慢できるし。

 あっという間に授業が終わった。好きな授業だったからだと思う。
 その合間時間でさえちゃんと話すのが私の毎日。
 そうなるはずだった。
 だけど、現実はそんなに甘くはなかったんだ。
 夜光さんに人気がありすぎて女子が話しかけに来ている。
 あまりの多さに圧倒される。みんな夜光さんに近づきたくて必死みたい。
「ねえ。伊藤さん。私と席、交換してくれる?」
 そういって可愛くおねだりしてくる人。
 確かこの人は…そう。花山さん。
 ずっと夜光さんのことが好きで毎日アピールしまくっているという。
 でも夜光さん、めっちゃ不機嫌オーラ出しまくってるし、断ったほうがよさそう。
「ご、ごめんなさい。夜光さんも迷惑していると思うので。」
「は?あんたに何がわかんの?」
 ひっ‼こ、怖すぎる。
 花山さんが無理やり私の席に座ってきた。私は押しのけられて地面にしりもちをつく。
 痛っ!
「リサちゃん、大丈夫?」
 心配して沙絵ちゃんが来てくれた。
「ごめん。大丈夫。」
 でも、腰が痛い。
「いっしょに保健室に行こう。」
 私は腰に気を使いながら保健室へと向かった。
 女子が夜光さんに話しかける話の内容は連絡先を交換したい、遊びのお誘いが主だった。
 でも、夜光さんは全部無視。
 すごいなあ。こんなに話しかけられているのにすがすがしいほど無視してたな。
 その後、保健室で見てもらうと軽く腰を痛めただけだった。
「ありがとうございました。」
―――ガラガラガラ
 教室に戻ろうと思ったら授業の途中時間。
 はあ。もう授業始まったし、途中から入るの気まずいな。
 どんっ!
 誰かにぶつかってしまった。
 おっとっと。やばい、倒れる!
 私は前からの衝撃で後ろに倒れそうになって目をぎゅっとつぶった。
 倒れる!
「っと、あぶな。ごめん。」
 え?倒れてない⁉
 私は誰かから支えられているような感覚だった。
 目を開けると、そこには夜光さんが立っていた。
 って近い!
 私、夜光さんに支えられてる⁉
「す、すみません。」
 さっと腕から逃げて謝罪をする。
「あの、一ついいですか…?」
 私はあることを質問したかった。ずっと疑問に思っていたこと。
 夜光さんは私をずっと見ている。
「女性の方は苦手ですか…?」
 女子からの歓声を浴びたり夜光さんは初めて私としゃべったりしても嫌そうだった。
 もしかして失礼なことを聞いてしまったかな…
 するとようやく口を開いてくれた。
「嫌い。騒がれるし、しつこいから。」
 この時の夜光さんの目は怖かった。
 なんでこんなに女子が嫌いなのかはわからないけど、その目からはつらい、憎い過去があったような感じがした。
「ご、ごめんなさい。変なことを聞いてしまって。」
「別に。なんともない。」
 本当に?本当になんともないの?
 私はその言葉が嘘のように感じた。
 だけど、さらに聞くことが出来なかった。女性が嫌いと分かった以上、関わらないほうがいい。
「失礼します。」
 私は教室へと戻ろうとした。けど、少し先に異物を見つけた。
 拾うとそれはお守りだった。しかもこのお守り、縁結びだ。色は黒で年季が入っている。もうずっと前のものだと思う。
 ってか、お守りって早く返してあげないといけないんじゃない?
 えっと、じゃあ職員室によって落とし物箱に入れてくることにしよう。
 ん?端っこに何か書いてある。小さくて読めないなあ。
 …夜光颯って書いてある。
 夜光颯⁉夜光颯って夜光さんのこと⁉
 今度、早めに夜光さんに渡そう。
 私はササッと教室に戻った。

 私は授業が終わったタイミングを見計らって教室に入る。
「あ、あの…夜光さん。」
 お守りのことを聞いてみようと思い、話しかける。
―――ドドドドドドド
 う、うわあ。
 女子の集団が一気に押し寄せてきた。
 いつ見てもすごいな。この圧、存在感が…
「沙絵ちゃん、逃げよう。」
 私は沙絵ちゃんと避難するように声をかける。
「う、うん。そうだね」
 二人で教室の隅っこで話すのがもう恒例となった。
「ねえ、沙絵ちゃん。夜光さんのお守り拾っちゃった。」
「え、本当に⁉大丈夫?」
 心配そうに見つめてきた。
「大丈夫だよ。でも、渡せるかな。」
 そういって夜光さんの席に目を向ける。
 あはは。あの集団を避けて夜光さんに近づかないといけない…
「た、大変だね。頑張ってね。」
 沙絵ちゃんが応援してくれて、私は沙絵ちゃんと友達でよかった、と改めて思う。
「ありがとう。頑張るね。」
 そういって二人で他愛もない会話をした後、集団が席に戻るのを見て私たちの席に戻っていった。
 こんなに近くに夜光さんがいるのに、すごく遠く感じてしまう。
 本当に、どうやって渡そう…

「じゃあね。沙絵ちゃん。」
「うん。また明日。」
 夜光さんの席をちらっと見てみる。
 って、もう夜光さんはいないか。
 このお守り、本当に早く渡さないと。
 生徒がぞろぞろと帰る中、私も速足で帰る。
 もう、早く帰って勉強しよう。
「ってか、あんたって本当にチビだよね。」
 思わず足を止めてしまう。
 振り返ると、ほかの女子生徒とすれ違う。
「もう、やめてよー」
 わ、私に言ったのかと思った…
 私がなぜこんなに地味な性格がすごく嫌で今ではコンプレックスになっている理由。
 それにはつらい過去があったんだ。

 私はもともと、そんな地味な性格じゃなかった。
「おはよう、みんな」
 私はクラスの中心に立っているような人だった。
 私の親友がある男の子が好きといった数日後。
 親友の好きな人に呼び出された。まさかと、心の中である考えがよぎった。
「好きですっ。付き合ってくださいっ。」
 親友の好きな人が告白してきた。まさに、予想的中。
 もちろん断った。私は好きじゃないし、親友の好きな人だから。
 次の日、私が学校に行くと、親友は泣いていた。
「ひどいよっ。私が好きって言ったのに。リサちゃんが取った。私から奪ったんだ。うわーん。」
 大きい鉄の何かで頭を殴られたような、そんな感覚がした。
「違うよ…とってなんか…」
「言い訳はやめてっ。取ったことにはちがいないから」
 だれも、私の声に耳を傾けてくれやしなかった。
 その日から、私は仲間外れにされ、いじめも起こった。
 いじめの内容は無視だった。
 何より苦しかったのは、親友に声をかけても私を空気のように扱うこと。
 つらかった。ずっと一人で泣いていた。みんな、助けてくれない。見て見ぬふりをするだけ。
 それからだ。私はいつしか、そんなことがないように目立つようなことが出来なくなってしまっていた。
 みんなの前で発表するのも、怖くてできない。

 思い出すだけで気分が悪くなる。
「た、ただいま」
 っていっても誰も返事をしてくれる人はいない。
 お母さん、バリバリ働いているし。体、大丈夫?って聞いても「うん。私、この仕事大好きだから。」と自慢げに話していたお母さんを見てうれしかった。
 だから、私はこのくらい我慢しないといけない。別にさみしいってわけじゃないけど、毎日暇なんだよね。
「おかえり。リサ。」
 だ、だれっ⁉
 顔を上げるとニコニコしている表情のお母さんが立っていた。
「お母さん。仕事は⁉」
 今日も帰りが遅いんじゃなかったっけ?
「まあ、とりあえずこっちに来て。」
 やけに機嫌がいいお母さん。
 お母さんに促されてリビングに行くと、そこには…
「や、夜光さん⁉」
 夜光さんが座っていた。
「あら、二人とも知り合い?じゃあ改めて紹介させてもらうわ。」
 なんで夜光さんがっ⁉
「今日からうちに居候することになった夜光颯君でーす。」
 え、え?
 本当にこの夜光さんが、うちに居候⁉
「お母さん、聞いてないよ?」
「うん。だってリサに言ったら絶対反対するでしょ。」
「だからって‼」
「だめかしら?」
 うわ、この顔来た!
 私はこのお母さんの顔に何とも言えない。お母さんが頑張ってるって知ってるから。お母さんの笑顔が私は大好きだから。
「わ、わかったよ。」
 そうするとわかりやすく喜ぶお母さん。
「ありがとう、リサっ!」
「…よろしく」
 引き受けてしまったのはしょうがない。
 極力、関わらないようにしよう。
「よろしくお願いします。」
 まあ、一切よろしくする気はないんだけどね。しかも、夜光さんと一つ屋根の下で暮らしてるとかほかの女子に知られたら、どうなる事か…。絶対ばれないようにしないとっ。
 私はそう心に誓った。