エンドロールを巻き戻せ

　私は、かろうじて一彩の「家まで送るよ」の言葉を断って、自力で家まで帰った。
あんなに楽しみで、浮かれていたのに、急に奈落の底に落とされたみたいな気分になった。
これが、奈落の底なら多分私は一生這い上がってこれないかもしれないと思った。

　家について、玄関を開けて鏡に映った自分自身を見る。
お気に入りのワンピースも、アクセサリーも、もう二度とつけたくない程、憎らしく見えた。
泣いたせいか、メイクが崩れている。
お姫様になり損ねた女が、絶望的な顔をして鏡の中から見ている。

　結婚したいなんて、欲を掻いたからこんな事になったの？

もうこれで本当に終わりなの？

　私は服も着替えずに、そのままベッドにダイブした。
私は、期待なんてしても意味がないのに、微かな望みを託して携帯を開く。
いつもだったら、一彩は家に着く頃になると必ず私にメッセージをくれた。

『もう家ついた？大丈夫？』

　そのメッセージだけで、私は一彩にちゃんと愛されていると感じる事が出来た。
けれど私の携帯に通知は何もなかった。
わかっていた事だが、胸に重く現実が突き刺さる。
この携帯に、もう二度と一彩から連絡が来る事はないかもしれない。
当たり前の事だけど、私は考えただけで息苦しくなってきた。

　こんなに簡単なんだと思う。
9年付き合っても、別れる時はこんなにも簡単に終わってしまうんだ。
私と一彩の恋物語は唐突に終わりを迎え、今まさにエンドロールが流れている。
このエンドロールが終われば、一彩はまた別の恋物語を新しい誰かと始めるのだ。
一彩だけじゃない、みんなそうやって、沢山の恋愛を経験していく。

　けれど、私は、、、。
私は、一彩とのハッピーエンドを夢みていたのだ。
こんな終わりを望んでなんかいなかった。

　いつもの優しい、一彩の顔が思い浮かぶ。
「瑞稀。」と優しく呼ぶ声も、もう聞こえなくなってしまう。
そして、一彩は私ではない、違う誰かの彼氏になり、優しく私の知らないその子の名前を呼ぶのだろう。
考えただけで、頭がおかしくなりそうだった。
私は、その夜ベッドの上から起き上がる事が出来なくて、ひたすらシーツにくるまって何時間も泣いた。

　この世の終わりかと言うくらいに泣いた。
一彩のいない世界なんて、私にとったらほぼこの世の終わりだ。