「ああ、これはご丁寧にどうも。名刺、頂戴します。俺は東林大学病院《とうりんだいがくびょういん》で医者をしています、南昭平《みなみしょうへい》と言う者です」
スーツに入れていた名刺入れから、俺も自分の名刺を差し出す。
受け取った川口さんの目が、驚愕に見開かれた。
「え、お医者様だったのですか? 凄いですね!」
「何も凄くないですよ。所詮は、人の不幸がなければ飯を喰えない仕事ですから」
「ご謙遜《けんそん》を。お医者様になられるのは大変でしょうに……」
「どんな世界でもそうかと思いますが、ピンキリですよ。貴女こそ、ウェディングプランナー、ですか? 俺には縁のない仕事なもので、知的好奇心が湧くのですが……やはり、色々と大変なのでは?」
「そうですね。大変なことがないと言えば、嘘になります。ですが、やはりお客様の大切なウェディングを契約からプランニング、各所との調整を繰り返し……。本番、幸せな姿を拝見させて頂くと、これ程やり甲斐のある仕事はないと思えます」
「ほう、つまり貴女は人の幸福で飯を喰っている、という訳ですな」
「そして貴方は、人の不幸でご飯を……と言うと、余りに失礼ですよね。失礼致しました」
申し訳がなさそうに川口雪華《かわぐちせつか》さんは頭を下げる。
だが、俺は気にしていない。
好きな物について語れば、口も軽くなるものだ。
川口雪華さんは仕事のことで、ついつい饒舌《じょうぜつ》になっていたんだろう。
そもそも、だ。
不幸や幸せで飯を喰っていると言い出したのは俺だ。
「いえ、構いませんよ。それは事実ですから。貴女は自分の仕事へ精力的に励み、誇りを持っているんですね」
「勿論です。この仕事に就いて良かったと想っていますし、これからも多くの人を最高の笑顔にしたいと思っています」
「実に素晴らしい価値観ですな。俺はその姿勢を、心から応援していますよ」
「ありがとうございます。仕事が第一の私からすると、何よりも嬉しいお言葉です」
「そうですか、それは良かった。貴女も今は恋愛どころではない、という所ですか?」
「ええ。過去に男性から手酷くフラれてしまったトラウマもありますし……。今は仕事が恋人、ですね」
「仕事が恋人! 成る程……。それは、本当に素晴らしい言葉だ。いや、掛け値なしにそう思いますね」
「ありがとうございます。……それにしても、高身長でお顔だって整っていて、素敵ですね」
「ああ、それはどうも。ありがとうございます」
「ふふっ、言われ慣れていらっしゃる反応ですね?」
「いえ、特に興味がないだけですよ」
「え、そうなのですか? そのルックスでいて、お医者様ですのに……。失礼ですが、良い方はいらっしゃらないのですか?」
「ああ、俺は恋愛に興味がないんです。貴女と同じで、仕事が第一です。恋だの、結婚だのに現を抜かす時間も気持ちもないんですよ」
「そうなのですね! 私と同じお気持ちの方と、この街コン会場でお会い出来るなんて……。思ってもおりませんでした」
「ははっ、そうですね。俺たちは同じように、恋愛などへ現《うつつ》を抜かす間もない同志といった所ですか」
「その通りです。今は多様性が認められるべき社会。それなのに、皆して結婚や交際をしないのは変人のように扱って来ます」
「俺も同じですよ。同調しなければ生きがたい日本社会に、嫌気が差しますね」
「本当ですよ。いくらウェディングプランナーという職業と言えど、恋愛しないという選択肢を選ぶことも認めて欲しいものです」
「俺は……。明るい話題が少ない病院だからこそ、でしょうかね」
「ああ、そうかもしれませんね。私には想像しか出来ない世界ですが、やはり人の恋愛話は娯楽なのでしょう」
本当に意見が合う人だ。
人の結婚式をプランニングするような仕事で、俺とは全く違う生き方なはずなのに。
「俺たちは互いに仕事第一で生きながらも、対極の世界に生きているんですね」
「ふふっ、そうですね。このような場でもなければ、お互いを知ることもなかったでしょう」
「違いない」
「……あれ? ということはもしかして……。私の同僚とも、基本的には接することがない人?」
「ああ、俺もそうですが……。住む世界の明るさが違いますからね。暗い世界で生きる我々のことなんて、余程の病気にならなければ関わることもないでしょう」
「……」
「ん? どうかしましたか?」
何やら、俺のことを見定めるかのようにジッと見つめている。
病院という暗い世界とは関わりがないという言葉が、気にかかったのか?
スーツに入れていた名刺入れから、俺も自分の名刺を差し出す。
受け取った川口さんの目が、驚愕に見開かれた。
「え、お医者様だったのですか? 凄いですね!」
「何も凄くないですよ。所詮は、人の不幸がなければ飯を喰えない仕事ですから」
「ご謙遜《けんそん》を。お医者様になられるのは大変でしょうに……」
「どんな世界でもそうかと思いますが、ピンキリですよ。貴女こそ、ウェディングプランナー、ですか? 俺には縁のない仕事なもので、知的好奇心が湧くのですが……やはり、色々と大変なのでは?」
「そうですね。大変なことがないと言えば、嘘になります。ですが、やはりお客様の大切なウェディングを契約からプランニング、各所との調整を繰り返し……。本番、幸せな姿を拝見させて頂くと、これ程やり甲斐のある仕事はないと思えます」
「ほう、つまり貴女は人の幸福で飯を喰っている、という訳ですな」
「そして貴方は、人の不幸でご飯を……と言うと、余りに失礼ですよね。失礼致しました」
申し訳がなさそうに川口雪華《かわぐちせつか》さんは頭を下げる。
だが、俺は気にしていない。
好きな物について語れば、口も軽くなるものだ。
川口雪華さんは仕事のことで、ついつい饒舌《じょうぜつ》になっていたんだろう。
そもそも、だ。
不幸や幸せで飯を喰っていると言い出したのは俺だ。
「いえ、構いませんよ。それは事実ですから。貴女は自分の仕事へ精力的に励み、誇りを持っているんですね」
「勿論です。この仕事に就いて良かったと想っていますし、これからも多くの人を最高の笑顔にしたいと思っています」
「実に素晴らしい価値観ですな。俺はその姿勢を、心から応援していますよ」
「ありがとうございます。仕事が第一の私からすると、何よりも嬉しいお言葉です」
「そうですか、それは良かった。貴女も今は恋愛どころではない、という所ですか?」
「ええ。過去に男性から手酷くフラれてしまったトラウマもありますし……。今は仕事が恋人、ですね」
「仕事が恋人! 成る程……。それは、本当に素晴らしい言葉だ。いや、掛け値なしにそう思いますね」
「ありがとうございます。……それにしても、高身長でお顔だって整っていて、素敵ですね」
「ああ、それはどうも。ありがとうございます」
「ふふっ、言われ慣れていらっしゃる反応ですね?」
「いえ、特に興味がないだけですよ」
「え、そうなのですか? そのルックスでいて、お医者様ですのに……。失礼ですが、良い方はいらっしゃらないのですか?」
「ああ、俺は恋愛に興味がないんです。貴女と同じで、仕事が第一です。恋だの、結婚だのに現を抜かす時間も気持ちもないんですよ」
「そうなのですね! 私と同じお気持ちの方と、この街コン会場でお会い出来るなんて……。思ってもおりませんでした」
「ははっ、そうですね。俺たちは同じように、恋愛などへ現《うつつ》を抜かす間もない同志といった所ですか」
「その通りです。今は多様性が認められるべき社会。それなのに、皆して結婚や交際をしないのは変人のように扱って来ます」
「俺も同じですよ。同調しなければ生きがたい日本社会に、嫌気が差しますね」
「本当ですよ。いくらウェディングプランナーという職業と言えど、恋愛しないという選択肢を選ぶことも認めて欲しいものです」
「俺は……。明るい話題が少ない病院だからこそ、でしょうかね」
「ああ、そうかもしれませんね。私には想像しか出来ない世界ですが、やはり人の恋愛話は娯楽なのでしょう」
本当に意見が合う人だ。
人の結婚式をプランニングするような仕事で、俺とは全く違う生き方なはずなのに。
「俺たちは互いに仕事第一で生きながらも、対極の世界に生きているんですね」
「ふふっ、そうですね。このような場でもなければ、お互いを知ることもなかったでしょう」
「違いない」
「……あれ? ということはもしかして……。私の同僚とも、基本的には接することがない人?」
「ああ、俺もそうですが……。住む世界の明るさが違いますからね。暗い世界で生きる我々のことなんて、余程の病気にならなければ関わることもないでしょう」
「……」
「ん? どうかしましたか?」
何やら、俺のことを見定めるかのようにジッと見つめている。
病院という暗い世界とは関わりがないという言葉が、気にかかったのか?
