幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK

 救急搬送後、急性心筋梗塞の診断で早期に手術が執り行われた。

 無事に成功し、脳に後遺症などはなさそうとのことだ。
 当然、今後の生活や運動量に制限は残るだろうが。

「……あの頑固親父めが」

 何故、こうも不確かな情報しかないか、と言えば――あの親父が、俺との面会を拒んだらしい。
 部外者には会わない、と。
 患者にそう言われては、病院側は頷くしかない。

 結果として俺は、医者なのに患者家族から情報を伝え聴くしか出来ないという憂き目に遭っていた。
 お袋さんや雪華にはもの凄く感謝され、今後は同棲の説得もしたい。

 だが今は、興奮させたくないから強く言えなかったとのことだ。
 気持ちはよく分かる。

「そちらが意固地になるのなら、こちらにも考えがある」

 俺はスマホをポケットから取り出し――本来なら禁じ手とすべき、奥の手を使わせてもらった。

 だが……盗聴などと言う禁じ手を先に使ったのはそちらだ。
 遠慮無く、行かせてもらおう――。


「――具合は如何ですか?」

「……な、何故、貴様がここにおる!? ワシは貴様の面会を……ぐぅ」

 まだ手術直後で呼吸も苦しいだろう。
 俺はICUに設置された計測機器に表示される数値を見ながら、問題のない範囲であることを確認する。

 それを見てナースも安心したのか、従来の業務へと戻ってゆく。

「興奮なさらずに。――医者ってのは、インテリヤクザって言われる程に仲間意識が強いんです。特に医局ですが、学会の懇親会で意気投合し、共同研究した相手も同じですな。ここの院長は、私と共同研究をした方でしてね。こちらの病院にある救急科病棟のスポットバイトも、先日お誘いを頂いていたんですよ。それを、お受けさせてもらっただけです」

「貴様、どこまで卑劣な……」

「まだ興奮なされずに」

「誰のせいだと思って……」

 そこで自分が置かれている状況――何が起き、誰に何をされ、生きているのか。そう思い至ったのか。
 視線を気まずそうに小刻みに揺らした後、口ごもった。

 医者として、人間としてやるべきことをしただけだ。
 恩に着せる気はない。
 だが散々俺を蹴り飛ばした人と同一人物とは思えない変化が、少し愉快でもある。

「……貴様のせいで、憤死しかけたわ」

「歴史上、憤死したと伝わる人物は確かにおります。ですがそれは、医学的には存在しない死因ですよ。年単位の長期的な強い心理ストレスが蓄積することにより、健康を害して死亡に至った。それを憤死と表現しているに過ぎませんからね」

「貴様のせいで、数年分のストレスが一気に溜まったのだ」

「それは現代医学への挑戦ですな。断民という究極の心理、身体へのストレスを200時間以上続けても、人は死ななかったという記録もあるんですよ」

「ええい、喧しい! この時間にもストレスが溜まるんだ! 貴様は私の命を救いたいのか、それとも止めを刺したいのか、どっちなんだ!?」

「俺の願いは2つです。1つ、貴方の命を救いたい。2つ、雪華さんと同棲する許可を頂きたい。……それだけです。どうか、お願いします」

 スッと、頭を深く下げる。

 ICU内で、医者が患者に深々と頭を下げることなど滅多に目にするものでもないだろう。
 だがやっと得られた譲れないことの為に、公私混同をしている。

 これは俺の中にある良識の一線を越えている。
 願いだけでなく、改めて謝罪の意味を込めて頭を下げた。

「……ふん。雪華も、もう大人だ。……貴様の言う通り、巣立ちの時期だったのだろう」

「では、同棲を認めてくれる、と?」

 頭を上げ、親父さんの顔を見ると、不機嫌そうに顔を顰めていた。

「興信所の調査は、不定期で入れる! 娘を悲しませてみろ、ワシは地獄からでも貴様を呪うからな!」

「分かりました。……娘を巣立たせる気、ないだろう。親バカ頭鳥が」

 余り興奮させても困るという配慮から、後半は聞き取れないように小声で呟いた――。