「雪華さんから、私に連絡が来たんだ」
相変わらず、仏のように優しい笑顔を浮かべていた。
全身から、人を安心させるような雰囲気が溢れだしている。
「親父の所に?……そうか、挨拶の時に連絡先交換をしていたのか。相変わらずの手の早さだな……」
「そう言うな。……お父さんが連絡先を消したから、昭平に連絡が取れないらしくてな。謝っておいてくれ、とさ」
裏でそんな事情があったのか。
親父から俺のスマホに連絡をしてくれれば済む話なのに……。
忙しい中、わざわざ来てくれたのか?
今の俺がどんな心理状態か予測して、会いに来てくれたということか……。
昔から忙しくて、俺のことなんが碌に見ていないと思っていたが……。
やはり、親というのは子を知っているものなんだな。
「昭平……。酒を飲んでるのか? ケチな昭平が、自分で買ったのか?」
「……俺だって、買ってでも酒を飲みたくなる時はある。悪いか?」
「酒を飲むことは、何も悪くないさ。だが――酒に逃げるのは悪い」
「…………」
「お前は、今後どうしたいんだ?」
「……今後も何も、ないだろう? もう、偽りの幸せに浸る時間は終わったんだ。後は自分の目標を達成して親父の診療所を――」
「――ふざけたことをぬかすな!」
「な……」
「幸せを感じていたんだろう!? 仕事人間だった昭平が、この人と居ると幸せだと感じる。そんな人に出会えたんだろう!? そんな大切な人1人守れないヤツが、他人である患者に寄り添い、守れるものか! そんな腑抜けに継がせる診療所なんてねぇ!」
預けていた3千万近い数字が刻まれている預金通帳を、親父は俺の顔面に投げつけて来た。
人当たりが良くて、優しい親父が……怒鳴った?
その上、俺が大切に貯めていると知っている預金通帳を投げる程に怒るなんて……。
これ程に怒っている親父なんて、産まれて初めてみた。
「親父……。俺は……」
「なんだ? 昭平の本音を、語ってみろ。ここには、私しか居ないんだ。医者としての建前も強がりも要らない。素直になってみろ」
先ほどまでの怒った顔なんて嘘のように、柔和な笑みで語りかけてくる。
親父の言葉に、俺は自分の中に仕舞っていた感情を一つ一つ掘り起こしてゆき――気が付けば、涙が堪えられなくなっていた。
「俺は……36歳になって、初めて恋をしたんだ。俺も……。不幸を減らすことに全霊を注いでいる俺にも、幸せでいられる安らぎの場所が欲しい。この場を失いたくない。……そう思ってしまったんだ」
「そうか。……よく言えたな。偉いぞ」
ああ……。
親父に頭を撫でられるのなんて、小学校低学年の時以来だろうか?
親父の腕の中で、涙を流してしまう。
「この歳になって、これ程に涙を流すなんて……俺は、なんて情けないんだ」
「泣くのはアルコールのせいにしてしまえ。今は恥も外聞も、気にするな」
ああ、そうか。
アルコールは理性を弱らせ、感情の起伏をコントロール出来なくなるからな。
それなら、仕方ないか。
そう、俺が泣いても……仕方ない。
別に泣いても良いんだ。
「……なぁ、私も一緒に飲んで良いか?」
「親父も?……これは、安酒だぞ」
「味なんて関係ないさ。ずっと互いに忙しくて叶わなかったが……。私は息子と杯を交わしながら、幸せな恋とかを語るのが夢だったんだ」
「そんな夢を持っていたのか……」
「正直、私が死ぬまで無理かもしれないと思っていたんだが……。街コンに参加させて良かった。死ぬまでに、夢が叶ったよ」
「さぁ、ゆっくりと聞かせてくれ。彼女のどこが好きなのか、彼女とどうなりたいのかをな」
「……長くなるぞ。川口さんには良い所も悪い所も、あり過ぎるからな」
「はははっ。望む所だ」
それから夜が更けるまでずっと、俺は川口さんについて語り続けた。
彼女の格好良い仕事姿。
人の幸福の為に、自分を犠牲に出来る仕事へのプライド、強さ。
同一人物とは思えない程に、壊滅している私生活での金銭管理能力。
そして、こんな偏屈な俺を受け入れてくれる器の大きさ。
酒で饒舌になっているにしても、だ。
どこまで話しても、尽きることはなかった。
ずっと嬉しそうに聞いていた親父だったが、何を思いだしたような顔で徐に口を開く。
「ところで、どこまで進んだんだ?」
「どこまで?」
「3ヶ月以上も同棲していたんだ。最低でも、キスぐらいはしたんだろう?」
「な!? す、するか! 偽装だったと言っているだろう!?」
「なんだと!? お前、それでも私の息子か!?」
「親父は息子に何を言っているんだ!」
「息子だからこそ、言っているんだろう!?」
何を言っているんだ、この親父は!?
酔っているにしても、発言が酷過ぎるぞ!
「好きと認めたなら、行動に移せ! 無理やりはダメだが、次に会った時にはキスぐらいしろ!」
「出来るか!?」
「根性がない! そんなんだと、また街コンに登録するぞ! 今度は昭平の自腹でな!」
「なん、だと!? 横暴だ!」
街コンの自腹……7600円!?
冗談じゃない、今日のアルコールなんて比にならん出費だ!
そもそも俺はもう、川口さんが好きだという気持ちで満ち満ちていると言うのに!
「父の愛とは、時に横暴になるものなんだ。イヤなら相手に好きと伝えて、キスぐらいして来い!」
「無茶を言うな! 人工呼吸なら兎も角、キスは医療行為じゃないんだぞ!?」
「これだから、救命にマウスピースを使う軟弱世代は困るんだよな~」
「アレには口腔感染を予防すると言う、立証された効果があるんだ!」
「ガタガタと文句ばっかり言うな。良いから、やって来い!」
「いい笑顔で、なんてことを言いやがるんだよ、親父……」
親父の言うことは極論だとしても、だ。
俺が川口さんに対してどんな感情を抱いているのか。
そして、これからどうしたいのか。
その感情は纏まった――。
相変わらず、仏のように優しい笑顔を浮かべていた。
全身から、人を安心させるような雰囲気が溢れだしている。
「親父の所に?……そうか、挨拶の時に連絡先交換をしていたのか。相変わらずの手の早さだな……」
「そう言うな。……お父さんが連絡先を消したから、昭平に連絡が取れないらしくてな。謝っておいてくれ、とさ」
裏でそんな事情があったのか。
親父から俺のスマホに連絡をしてくれれば済む話なのに……。
忙しい中、わざわざ来てくれたのか?
今の俺がどんな心理状態か予測して、会いに来てくれたということか……。
昔から忙しくて、俺のことなんが碌に見ていないと思っていたが……。
やはり、親というのは子を知っているものなんだな。
「昭平……。酒を飲んでるのか? ケチな昭平が、自分で買ったのか?」
「……俺だって、買ってでも酒を飲みたくなる時はある。悪いか?」
「酒を飲むことは、何も悪くないさ。だが――酒に逃げるのは悪い」
「…………」
「お前は、今後どうしたいんだ?」
「……今後も何も、ないだろう? もう、偽りの幸せに浸る時間は終わったんだ。後は自分の目標を達成して親父の診療所を――」
「――ふざけたことをぬかすな!」
「な……」
「幸せを感じていたんだろう!? 仕事人間だった昭平が、この人と居ると幸せだと感じる。そんな人に出会えたんだろう!? そんな大切な人1人守れないヤツが、他人である患者に寄り添い、守れるものか! そんな腑抜けに継がせる診療所なんてねぇ!」
預けていた3千万近い数字が刻まれている預金通帳を、親父は俺の顔面に投げつけて来た。
人当たりが良くて、優しい親父が……怒鳴った?
その上、俺が大切に貯めていると知っている預金通帳を投げる程に怒るなんて……。
これ程に怒っている親父なんて、産まれて初めてみた。
「親父……。俺は……」
「なんだ? 昭平の本音を、語ってみろ。ここには、私しか居ないんだ。医者としての建前も強がりも要らない。素直になってみろ」
先ほどまでの怒った顔なんて嘘のように、柔和な笑みで語りかけてくる。
親父の言葉に、俺は自分の中に仕舞っていた感情を一つ一つ掘り起こしてゆき――気が付けば、涙が堪えられなくなっていた。
「俺は……36歳になって、初めて恋をしたんだ。俺も……。不幸を減らすことに全霊を注いでいる俺にも、幸せでいられる安らぎの場所が欲しい。この場を失いたくない。……そう思ってしまったんだ」
「そうか。……よく言えたな。偉いぞ」
ああ……。
親父に頭を撫でられるのなんて、小学校低学年の時以来だろうか?
親父の腕の中で、涙を流してしまう。
「この歳になって、これ程に涙を流すなんて……俺は、なんて情けないんだ」
「泣くのはアルコールのせいにしてしまえ。今は恥も外聞も、気にするな」
ああ、そうか。
アルコールは理性を弱らせ、感情の起伏をコントロール出来なくなるからな。
それなら、仕方ないか。
そう、俺が泣いても……仕方ない。
別に泣いても良いんだ。
「……なぁ、私も一緒に飲んで良いか?」
「親父も?……これは、安酒だぞ」
「味なんて関係ないさ。ずっと互いに忙しくて叶わなかったが……。私は息子と杯を交わしながら、幸せな恋とかを語るのが夢だったんだ」
「そんな夢を持っていたのか……」
「正直、私が死ぬまで無理かもしれないと思っていたんだが……。街コンに参加させて良かった。死ぬまでに、夢が叶ったよ」
「さぁ、ゆっくりと聞かせてくれ。彼女のどこが好きなのか、彼女とどうなりたいのかをな」
「……長くなるぞ。川口さんには良い所も悪い所も、あり過ぎるからな」
「はははっ。望む所だ」
それから夜が更けるまでずっと、俺は川口さんについて語り続けた。
彼女の格好良い仕事姿。
人の幸福の為に、自分を犠牲に出来る仕事へのプライド、強さ。
同一人物とは思えない程に、壊滅している私生活での金銭管理能力。
そして、こんな偏屈な俺を受け入れてくれる器の大きさ。
酒で饒舌になっているにしても、だ。
どこまで話しても、尽きることはなかった。
ずっと嬉しそうに聞いていた親父だったが、何を思いだしたような顔で徐に口を開く。
「ところで、どこまで進んだんだ?」
「どこまで?」
「3ヶ月以上も同棲していたんだ。最低でも、キスぐらいはしたんだろう?」
「な!? す、するか! 偽装だったと言っているだろう!?」
「なんだと!? お前、それでも私の息子か!?」
「親父は息子に何を言っているんだ!」
「息子だからこそ、言っているんだろう!?」
何を言っているんだ、この親父は!?
酔っているにしても、発言が酷過ぎるぞ!
「好きと認めたなら、行動に移せ! 無理やりはダメだが、次に会った時にはキスぐらいしろ!」
「出来るか!?」
「根性がない! そんなんだと、また街コンに登録するぞ! 今度は昭平の自腹でな!」
「なん、だと!? 横暴だ!」
街コンの自腹……7600円!?
冗談じゃない、今日のアルコールなんて比にならん出費だ!
そもそも俺はもう、川口さんが好きだという気持ちで満ち満ちていると言うのに!
「父の愛とは、時に横暴になるものなんだ。イヤなら相手に好きと伝えて、キスぐらいして来い!」
「無茶を言うな! 人工呼吸なら兎も角、キスは医療行為じゃないんだぞ!?」
「これだから、救命にマウスピースを使う軟弱世代は困るんだよな~」
「アレには口腔感染を予防すると言う、立証された効果があるんだ!」
「ガタガタと文句ばっかり言うな。良いから、やって来い!」
「いい笑顔で、なんてことを言いやがるんだよ、親父……」
親父の言うことは極論だとしても、だ。
俺が川口さんに対してどんな感情を抱いているのか。
そして、これからどうしたいのか。
その感情は纏まった――。
