マンションのドアを開ければ――憤怒に顔を赤く染める、仁王の眼前へと通じていた。
自分が悪行をしていると自覚している分、その姿を見て余計に身が震え、心臓がバクバクと全身を揺すってくる。
怖い、怖過ぎる!
この恐怖は、逃避反射でドアを閉めようとさせるには十分だ!
今すぐドアを閉め、穴蔵に籠もりたい気分だ!
「閉めさせるか!」
だがそうは問屋が卸さない。
足をガッとドアと壁の隙間に挟み込み阻止された。
荒い呼吸でドアをこじ開けようとしてくる様は、さながら秋田県に伝わるナマハゲだ。
大きく違うのは、ナマハゲは神の使いで、親父さんは憤激の化身だということだろう。
「こ、こんな朝早く、なんの御用ですか?」
仕方なしに、ドアの隙間から覗く親父さんに声をかける。
すると更に剣呑な表情になった。
「なんの用だと!? 騙されている娘を連れ戻しに来たに決まっているだろうが!」
近所迷惑など考えられないぐらい興奮しているのか、怒声が響く。
「お、お父さん!? なんで、ここに!?」
大きな声で、さすがに来訪者が誰か気が付いたのだろう。
川口さんが玄関へと駆け寄ってきた。
頼む、早くここを代わってくれ!
「おお、雪華! 今すぐに実家へ帰るぞ! 早く準備しなさい!」
「は!? ど、どういうこと!?」
「可哀想に……。こんな粗末な部屋に住まわされて、偽装同棲などと、嘘にまで加担させられて! 今すぐ、助け出してやるからな!」
娘の姿を目にした親父さんは一瞬、頬を緩めた。
だが扉をこじ開けようとする力は一切緩めない。
と言うか、偽装同棲だとバレているだと!?
どういうことだ!?
「ぎ、偽装同棲? な、なんのこと? この部屋が狭いのは認めるけど、それは望んでることだし。別に嘘なんて……」
金持ちである医者と苦労ない生活をしていると親父さんが都合の良い勘違いをしてくれているはず。
その生活ならば、同棲も認めてくれるだろうという話だった気がする。
だが住んでいるマンションが古く想像と違っただけで、偽装同棲などという発想に至るものだろうか?
「興信所に、2人のことは調べさせた! その纏まった報告を聞いて、直ぐに駆けつけたのだ!」
そう言ってから、親父さんは懐からボイスレコーダーを取り出し、再生を始める。
流れて来たのは、先日俺の実家へと向かう日の朝、路上で俺と川口さんがしていた会話だ。『私たちが仕事に集中する為だもの! 今は心を鬼にして、嘘を貫くわ!』。と、決定的な声が流れる。
前半の俺の声は、よく耳を凝らせばやっと偽装同棲と聞き取れるかどうか、というぐらい小さい。
しかし明瞭に録音されている川口さんの声と照らし合わせて考えれば、偽装同棲で間違いないという結論に至るだろう。
しかし興信所まで使って録音をしていたとは……。
この親父さんは、どこまで過保護なのだ……。
余りの衝撃にドアを引く手を緩めると――親父さんは一気呵成に室内へと踏み込んできた。
土足のままで、リビングまでズカズカと進む。
「……なんて部屋だ。とても、うちの娘が住む環境じゃない」
親父さんは顔を顰めながら、一口コンロやユニットバスを睥睨する。
それから怒気の混じった声で、改めてそう呟いた。
すると川口さんの普段から使っている鞄にスマホなどの私物を乱雑に突っ込む。
更にはクローゼットからスーツなどの衣服を持てるだけ引っ張り出すと、川口さんの手を強引に取った。
「今すぐ帰るぞ! 雪華!」
「ちょっ、お父さん!? 嘘を吐いていたのは悪いと思うけど、そんな急に!」
「足りない物は、ワシがまた買ってやる! ここには二度と来るな!」
「私、まだ寝間着なんだけど!?」
「車で来ている! 直ぐ目の前までの辛抱だ!」
怒り狂った親父さんは、川口さんの抵抗に聞く耳を持たない。
川口さんの抵抗も虚しく、連れ出されようとしている。
目に薄らと涙を溜めた川口さんと目が合う。
その目は助けてと訴えているように感じた。
「親父さん、一度落ち着いてお話を――」
「――貴様は黙っていろ!」
手に持った鞄ごと、親父さんの拳が俺の頬にめり込む。
チカチカするような衝撃を感じ、次に気が付くと天井を仰いでいた。
俺は今、殴られて倒れたのか?
一瞬のことで、理解出来なかった。
自分が悪行をしていると自覚している分、その姿を見て余計に身が震え、心臓がバクバクと全身を揺すってくる。
怖い、怖過ぎる!
この恐怖は、逃避反射でドアを閉めようとさせるには十分だ!
今すぐドアを閉め、穴蔵に籠もりたい気分だ!
「閉めさせるか!」
だがそうは問屋が卸さない。
足をガッとドアと壁の隙間に挟み込み阻止された。
荒い呼吸でドアをこじ開けようとしてくる様は、さながら秋田県に伝わるナマハゲだ。
大きく違うのは、ナマハゲは神の使いで、親父さんは憤激の化身だということだろう。
「こ、こんな朝早く、なんの御用ですか?」
仕方なしに、ドアの隙間から覗く親父さんに声をかける。
すると更に剣呑な表情になった。
「なんの用だと!? 騙されている娘を連れ戻しに来たに決まっているだろうが!」
近所迷惑など考えられないぐらい興奮しているのか、怒声が響く。
「お、お父さん!? なんで、ここに!?」
大きな声で、さすがに来訪者が誰か気が付いたのだろう。
川口さんが玄関へと駆け寄ってきた。
頼む、早くここを代わってくれ!
「おお、雪華! 今すぐに実家へ帰るぞ! 早く準備しなさい!」
「は!? ど、どういうこと!?」
「可哀想に……。こんな粗末な部屋に住まわされて、偽装同棲などと、嘘にまで加担させられて! 今すぐ、助け出してやるからな!」
娘の姿を目にした親父さんは一瞬、頬を緩めた。
だが扉をこじ開けようとする力は一切緩めない。
と言うか、偽装同棲だとバレているだと!?
どういうことだ!?
「ぎ、偽装同棲? な、なんのこと? この部屋が狭いのは認めるけど、それは望んでることだし。別に嘘なんて……」
金持ちである医者と苦労ない生活をしていると親父さんが都合の良い勘違いをしてくれているはず。
その生活ならば、同棲も認めてくれるだろうという話だった気がする。
だが住んでいるマンションが古く想像と違っただけで、偽装同棲などという発想に至るものだろうか?
「興信所に、2人のことは調べさせた! その纏まった報告を聞いて、直ぐに駆けつけたのだ!」
そう言ってから、親父さんは懐からボイスレコーダーを取り出し、再生を始める。
流れて来たのは、先日俺の実家へと向かう日の朝、路上で俺と川口さんがしていた会話だ。『私たちが仕事に集中する為だもの! 今は心を鬼にして、嘘を貫くわ!』。と、決定的な声が流れる。
前半の俺の声は、よく耳を凝らせばやっと偽装同棲と聞き取れるかどうか、というぐらい小さい。
しかし明瞭に録音されている川口さんの声と照らし合わせて考えれば、偽装同棲で間違いないという結論に至るだろう。
しかし興信所まで使って録音をしていたとは……。
この親父さんは、どこまで過保護なのだ……。
余りの衝撃にドアを引く手を緩めると――親父さんは一気呵成に室内へと踏み込んできた。
土足のままで、リビングまでズカズカと進む。
「……なんて部屋だ。とても、うちの娘が住む環境じゃない」
親父さんは顔を顰めながら、一口コンロやユニットバスを睥睨する。
それから怒気の混じった声で、改めてそう呟いた。
すると川口さんの普段から使っている鞄にスマホなどの私物を乱雑に突っ込む。
更にはクローゼットからスーツなどの衣服を持てるだけ引っ張り出すと、川口さんの手を強引に取った。
「今すぐ帰るぞ! 雪華!」
「ちょっ、お父さん!? 嘘を吐いていたのは悪いと思うけど、そんな急に!」
「足りない物は、ワシがまた買ってやる! ここには二度と来るな!」
「私、まだ寝間着なんだけど!?」
「車で来ている! 直ぐ目の前までの辛抱だ!」
怒り狂った親父さんは、川口さんの抵抗に聞く耳を持たない。
川口さんの抵抗も虚しく、連れ出されようとしている。
目に薄らと涙を溜めた川口さんと目が合う。
その目は助けてと訴えているように感じた。
「親父さん、一度落ち着いてお話を――」
「――貴様は黙っていろ!」
手に持った鞄ごと、親父さんの拳が俺の頬にめり込む。
チカチカするような衝撃を感じ、次に気が付くと天井を仰いでいた。
俺は今、殴られて倒れたのか?
一瞬のことで、理解出来なかった。
