幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK

「……そう言えば貴方、食事は何時摂ってるの? この家の一口コンロは、使った様子もないし」

「管理栄養士がメニューを考える、職員食堂だ。福利厚生が効いて、通常より安く喰えるぞ」

「そこでもケチを発揮するのね……。でも栄養満点で安いのは羨ましいわ。納得した。営業にとってモンスターのような客が、高くつく外食をしているとは思えなかったのよね。身体を壊さないように食べているなら、良かったわ」

「ふん。身体を壊さずに栄養摂取が出来るよう、割りの良いスポットバイトも入れている。この間、貴女のホテルで懇親会があっただろう? あの場でも、以前から付き合いのある病院長から、割りの良いバイトと共同研究の話を貰ったんだ。財力知力経験、どれを取っても理想に近づく一歩だ!」

 思わず、フハハハと二流の悪役のように笑いそうになる。

 世の中は、伝手だ。
 コネクションだ!
 利益にしても、成長にしてもな。

 独力でやるより、互いに高め合える利益を提供し合う関係は素晴らしい。
 ……そう、この偽装同棲のようにな。
 だがここ至るまでも楽じゃなかった。

 積もり積もった鬱憤を晴らすかのように、饒舌になってしまう。
 どうやら俺は、甚だしい程にストレスを抱えていたようだ。

「家賃と貯蓄で90パーセント消えて……。光熱費とか、食費。自由に出来るのは10パーセント、確か3万円だっけ?」

 呆れ混じりの声で、川口さんが微笑む両手で頬を包み込む。
 その顔は初めてこのプランを説明した時のように唖然呆然とした顔ではない。

「その通りだ。なんだ、ちゃんと計画的な計算を覚えているじゃあないか」

「余りの衝撃に、脳へ焼き付けられたのよ。当時はそれぐらいアホらしいと溜息が出たけど……。貴方の壮大な夢と目標を聞いて、実際にやり遂げているとなると……うん。感嘆の溜息に変わるわね」

 褒められた。
 やっと俺の素晴らしき貯蓄プランと、それを達成する根性を理解したのか。
 成長したじゃあないか!

 思わず頬が緩む。
 バカにした目を向けてきた頃を思いだせば、今の心情変化に俺こそ感嘆してしまうというものだ。

「……私、あの頃より性格が悪くなったのかも。貴方と話していると、口汚くなったと感じちゃうわ」

「最初からだろうが、烏滸《おこ》がましい」

「うるさいわよ。イキリ偏屈ロジハラ中年」

 これ程に酷い言葉がスラスラ出てくる人間が、一朝一夕で口汚く変化した訳がないだろう。
 自覚したのが最近なだけだろうが。

 ロジハラでイキッた中年だと?
 マシンガンのように悪口を言ってくる悪魔が。
 元々、性格は最悪で口汚かっただろう。
 仕事モードじゃない時はな。

「……変、なのよ。本人に直接文句や悪口を言ってるのに、とてもスッキリするんだもの」

「そうか……。奇遇だな。俺もその素敵な変化を、自覚しつつあった」

「は? 貴方も? 貴方は最初から愚痴愚痴と好き放題に言ってたじゃない」

「同じ言葉でも、言ってる時にはどこか不快感があった」

「今は不快感なく、楽しく小姑をやってるって言うの?」

「小姑をやっているつもりはないが……。何を言っても言われても、ストレスを感じなくなった。むしろストレス解消になっている」

「それはね、あれだけ言いたい放題ならそうでしょうよ。ロジハラで訴えられるのが怖くないのか、不思議でしょうがないわ」

「俺を訴えるのか?」

「……最初はそう思って、ボイスレコーダーを買おうとしたわ。でも、何故かしらね。今はそんな気にならない」

 え、そんなことをしようとしていたのか?
 それは……法廷に持ち込まれていたら、かなり面倒なことになっていたかもしれんな。

 今は編集で、自分に都合の悪い音声部分はカットされる可能性だってある。
 一方的な悪を作り出し、印象操作をすることだって容易なのだ。

 俺としても彼女が無駄遣いをしていた記録や、偽装同棲前との比較データを提出せずに済んで良かったと思う。
 訴訟は時間もかかるし、勝つ為の証拠を揃えるのも一苦労だからな。

 何より、だ。
 川口さんとは……訴訟に怯えず、本音で自由に語り合いたい。

「貴女の価値観で、俺の価値観を否定することをズバズバと言う。俺も同じように、遠慮なく思ったことを貴女に忠告する。この関係性は、ハラスメントに怯えて右に倣えでは出来ない。この自由な言動の時間が、感情の起伏をくれる。俺は最近、そうやって感情の起伏を感じられる貴女との時間が好きになりつつあるんだ」

「それは……。成る程、そうね。認めましょう。職場では感情を押し殺して、いかにお客さんが幸福になれるか演じている。私は貴方の小姑みたいな価値観は受け入れられないし、嫌いよ。それでも、貴方と居ると……自分が感情を持つ人間だと思い出せる。我慢していた自分を解放して、自分らしくいられるから。その時間は、好きだわ」

「俺は最初、貴女を不倶戴天の敵だと思っていた。いかに契約解除して追い出そうかとさえ考えていた。……分かんねぇもんだな。未来がどうなるかなんて」

「お互い様よ。……空が白んで来たわね」

 思ったよりも長く話してしまっていたようだ。
 月の代わりに、太陽が出勤して来た。

 俺も後数時間後には病院へ出勤せねばならない。
 名残惜しくはあるが、体力も限界が近い。

「そろそろ寝るか。……話せて良かったよ」

 俺がソファーから立ち上がり、寝室のドアを閉めようとすると――。

「暑いでしょ? 空けとけば?」

 やや早口に、そんな言葉をかけられた。

「……良いのか?」

「良いの!……私の方が電力を使ってるし、熱中症で倒れられたら介抱も疲れるでしょ? 貴方にも冷気を分け与えなきゃね!」

 そう言って電気を消すと、川口さんはボフッとベッドへ潜りこんだ。
 以前なら、すかさず締めていたカーテンを閉めることもなく。

 川口さんはプライベートではダメダメだから、閉め忘れかと思いカーテンを触ると。

「……そのままで良い。その方が、そっちに風が行くから」

 枕に突っ伏した、くぐもる声で――そう伝えて来た。