「夢のような場所ね。それが実現したら、凄いと思うわ。……それが、貴方が異常に働いて、常軌を逸する貯金をしている理由なの?」
常軌を逸するは言い過ぎじゃないか?
そこまで言わなくても良いだろう。
計画的に無駄を排除しているだけだ。
川口さんのように浪費家の視点だと、そう見えるのかもしれんがな。
「父親の診療所はな、未だに紙カルテを使っているような、ボロボロで古い場所なんだ。いわゆる昔からある小さな町医者ってやつだ。俺にはその診療所を継ぐと同時に、整形外科内科として必要な機材もしっかり導入し、綺麗なクリニックへ改装するという野望がある」
「……だからって、急いで貯金することなくない? 親の病院を継ぐ医者には私も出会ったことはあるけど……。貴方みたいに無茶苦茶な生活で、あり得ない貯金をしている人は居なかったわよ?」
「俺の両親に会ったのなら、分かるだろ? 2人とも既に70歳を超えている。この年齢になれば、いつ倒れて働けなるか分からない」
「それは、そうかもしれないけど……」
「かかりつけ医が倒れたら、通っている患者はどうなると思う?」
「……え? 他の病院に行くんじゃない?」
「それまでの診療経過も、一切知らされずにか? 一から全部、自分の病状経過をちゃんと説明出来る患者がどれ程居る? 何年何月発症、どのような治療を受け、薬は何時どう変化していたのか」
「……だいたいは無理、でしょうね。うちのお父さんぐらい記憶がしっかりしていても、多分無理だわ」
「そうだ。紹介状を書けるような非常勤医師を雇っていれば、まだ良い。だがウチのように小さな医者では、それも望めん。親父が倒れる前に跡を継ぎ、更に充実と発展をさせる。これは俺の目標にして、医者としての責務だ!」
ついつい言葉が強くなってしまう。
ずっと胸の内で温めていたものを放出しているからだろうか?
「気軽に来院が出来て、重大な変化を見逃さない。地域に暮らす人々が、あそこの診断と判断、治療ならば正確で信用が出来る。病という不幸な状況でも、安心して頼れる素晴らしい場所だ。……親の残してきた場所を、俺はそんな地域医療の希望にしなければならないんだ。……一時の幸せな享楽に浸っている訳にはいかん! いかにイルカやクラゲが可愛くても、だ!」
「そんな歯ぎしりをしながら言わなくても……。目が充血してて怖いわよ? そ、それ程に心を揺り動かされたのね。確かに、今の夢を語ってる貴方と同じぐらい、あの時の貴方の目はキラキラしていたわ。無邪気に夢を語る子供みたいにね。……なんだか、ちょっと可愛いわね」
誰が可愛いだ。
俺は川口さんよりも6歳も年上だ。
川口さんが中学校へ入学した時、俺は社会人になっていたんだぞ?
……そう考えると、何故だか急に犯罪臭がする。
だが互いに大人となってしまえば、そんな歳の差は関係ない。
犯罪でもないのだから、気にしてはいけないことだ。
敢えて目を逸らすことも、精神的安寧には必要だろう。
「救急医療では幅広い医学的緊急性への対応、すなわち手遅れとなる前に正確な判断と決断、初期治療を開始することが重要だ。救急科医は総合的判断に基づき、迅速かつ安全に診断と治療を進めることが求められる。絶好の修行場なんだ」
仕事の疲れも忘れ、俺は今日の臨床。
そして未来へと繋げるべき成長への道しるべを……。
その果てにある理想のクリニックを思い浮かべる。
「単純X線にエコー、電子カルテ導入などなど。中古で買い集めてもかなりの価格になる。親が貯めている内外装改修費以外で合計3千万円は、どう足掻いても初期投資として自己資金が必要なんだ」
「それが3千万円もするのね……。凄まじい額だわ」
「ああ、かなりしつこく交渉したんだが……。これ以上の値下げは不可能だった」
「そう、可哀想ね。交渉相手の業者が」
川口さんは口元に手を当て、目を伏せる。
言葉も弱々しい。
気の毒そうな雰囲気を、隠す素振りすらない。
むしろこれでもかと、その仕草で表現している。
「何故だ?」
「偏屈で常識外れな貴方が、自分でしつこくって自覚してるのよ? それは常識的価値観だと、強迫や恫喝に近いと容易に想像がつくわ」
無礼だ。
本当に無礼だ。
だが対応してくれた営業の疲れ果てた顔を思い出すと、強くも否定出来ん。
そうか、川口さんは売る物こそ違えど、同じ営業という側面もある仕事だ。
もし自分が俺の交渉相手だったら……と、思いを馳せているのかもしれない。
だが交渉とは勝負だ。
俺は少しでも安く良い環境を得たい。
営業は少しでも高く売りたい。
この考え方からも、俺と川口さんが相反する人間だと示していると言えよう。
常軌を逸するは言い過ぎじゃないか?
そこまで言わなくても良いだろう。
計画的に無駄を排除しているだけだ。
川口さんのように浪費家の視点だと、そう見えるのかもしれんがな。
「父親の診療所はな、未だに紙カルテを使っているような、ボロボロで古い場所なんだ。いわゆる昔からある小さな町医者ってやつだ。俺にはその診療所を継ぐと同時に、整形外科内科として必要な機材もしっかり導入し、綺麗なクリニックへ改装するという野望がある」
「……だからって、急いで貯金することなくない? 親の病院を継ぐ医者には私も出会ったことはあるけど……。貴方みたいに無茶苦茶な生活で、あり得ない貯金をしている人は居なかったわよ?」
「俺の両親に会ったのなら、分かるだろ? 2人とも既に70歳を超えている。この年齢になれば、いつ倒れて働けなるか分からない」
「それは、そうかもしれないけど……」
「かかりつけ医が倒れたら、通っている患者はどうなると思う?」
「……え? 他の病院に行くんじゃない?」
「それまでの診療経過も、一切知らされずにか? 一から全部、自分の病状経過をちゃんと説明出来る患者がどれ程居る? 何年何月発症、どのような治療を受け、薬は何時どう変化していたのか」
「……だいたいは無理、でしょうね。うちのお父さんぐらい記憶がしっかりしていても、多分無理だわ」
「そうだ。紹介状を書けるような非常勤医師を雇っていれば、まだ良い。だがウチのように小さな医者では、それも望めん。親父が倒れる前に跡を継ぎ、更に充実と発展をさせる。これは俺の目標にして、医者としての責務だ!」
ついつい言葉が強くなってしまう。
ずっと胸の内で温めていたものを放出しているからだろうか?
「気軽に来院が出来て、重大な変化を見逃さない。地域に暮らす人々が、あそこの診断と判断、治療ならば正確で信用が出来る。病という不幸な状況でも、安心して頼れる素晴らしい場所だ。……親の残してきた場所を、俺はそんな地域医療の希望にしなければならないんだ。……一時の幸せな享楽に浸っている訳にはいかん! いかにイルカやクラゲが可愛くても、だ!」
「そんな歯ぎしりをしながら言わなくても……。目が充血してて怖いわよ? そ、それ程に心を揺り動かされたのね。確かに、今の夢を語ってる貴方と同じぐらい、あの時の貴方の目はキラキラしていたわ。無邪気に夢を語る子供みたいにね。……なんだか、ちょっと可愛いわね」
誰が可愛いだ。
俺は川口さんよりも6歳も年上だ。
川口さんが中学校へ入学した時、俺は社会人になっていたんだぞ?
……そう考えると、何故だか急に犯罪臭がする。
だが互いに大人となってしまえば、そんな歳の差は関係ない。
犯罪でもないのだから、気にしてはいけないことだ。
敢えて目を逸らすことも、精神的安寧には必要だろう。
「救急医療では幅広い医学的緊急性への対応、すなわち手遅れとなる前に正確な判断と決断、初期治療を開始することが重要だ。救急科医は総合的判断に基づき、迅速かつ安全に診断と治療を進めることが求められる。絶好の修行場なんだ」
仕事の疲れも忘れ、俺は今日の臨床。
そして未来へと繋げるべき成長への道しるべを……。
その果てにある理想のクリニックを思い浮かべる。
「単純X線にエコー、電子カルテ導入などなど。中古で買い集めてもかなりの価格になる。親が貯めている内外装改修費以外で合計3千万円は、どう足掻いても初期投資として自己資金が必要なんだ」
「それが3千万円もするのね……。凄まじい額だわ」
「ああ、かなりしつこく交渉したんだが……。これ以上の値下げは不可能だった」
「そう、可哀想ね。交渉相手の業者が」
川口さんは口元に手を当て、目を伏せる。
言葉も弱々しい。
気の毒そうな雰囲気を、隠す素振りすらない。
むしろこれでもかと、その仕草で表現している。
「何故だ?」
「偏屈で常識外れな貴方が、自分でしつこくって自覚してるのよ? それは常識的価値観だと、強迫や恫喝に近いと容易に想像がつくわ」
無礼だ。
本当に無礼だ。
だが対応してくれた営業の疲れ果てた顔を思い出すと、強くも否定出来ん。
そうか、川口さんは売る物こそ違えど、同じ営業という側面もある仕事だ。
もし自分が俺の交渉相手だったら……と、思いを馳せているのかもしれない。
だが交渉とは勝負だ。
俺は少しでも安く良い環境を得たい。
営業は少しでも高く売りたい。
この考え方からも、俺と川口さんが相反する人間だと示していると言えよう。
