幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK

「良かった。――実家へ挨拶に行く日が、親父と摺り合わせ出来たからな。早く川口さんの予定を確認しなければと思っていたんだ」

「……へ?」

「俺の実家は地方にあるからな。電車の往復時間も、それなりにかかる。金も足りなければ、借用者付きで貸すから」

「…………」

「川口、さん?」

「なによ、南さん」

 明らかに、言葉に棘がある。
 というよりも、かなり不機嫌なのだろう。
 目付きも鋭く、口元は怒りに歪んでいた。

 これもアルコールの影響か?
 飲酒をすると、まず先に思考や理性を制御する前頭葉の機能が低下する。
 そんな中で真面目な話をするなという気持ちも分かる。

 もっと言えば、今日のこの会は川口さんのお疲れ様会だ。
 アルコール飲料2缶。

 頂き物とは言えど、ご馳走になっている側の人間が会の趣旨を変えて自分勝手に語り、話題をコントロールしようとしているのだ。
 不機嫌になるのも、至極当然か。

「す、済まん」

「なんで謝るの? 何が悪いと思うの?」

「いや。この場で話す話ではなかったかな、と」

「ふ~ん」

 川口さんはジトッと俺を見た後、バカにするように鼻で笑った。
 なんだ、その反応は?

「貴方がそう思うなら、そうなんじゃない?」

 そして突き放して来た。
 なんという面倒臭さだ……。
 これだから酔っ払いは困る。

 冷静に理性を働かせてもらえれば、場に相応しくはなくとも直ぐに連絡すべき内容だと理解出来るだろうに。
 だがアルコールに酔った人間にまともな判断を期待出来ないのは、身に染みて分かっている。
 街コンで俺も痛い目をみたからな。

 暫しそう考えていた俺の顔を覗き込み、川口さんはハァ~と微かに酒臭い溜息を吐いた。

「良いわ。行くわよ。こっちも挨拶してもらったんだからね」

「そんな、半ギレ気味に言わなくても……」

「へぇ? 貴方には、私が怒ってるように見えるの? なんで?」

「…………」

 余計な口を開くのは止そう。
 何を言っても攻撃的に返されるだけだ。

 げっそりとした気持ちになっていると、ぷふっと、隣から含み笑いが聞こえた。
 見ると川口さんが愉快そうに口を押さえながら笑いを堪えている。

 情緒不安定、か。
 アルコールの恐ろしさを、再認識するな。

「冗談よ。……でも知らない人、それも偽装とは言え、同棲している相手の両親に挨拶かぁ。緊張するな」

「俺も条件は一緒だったぞ」

「そうなんだけどさ……」

 むしろ川口さんの両親はキャラの癖が強過ぎた。
 特に親父さんの方は、先に取扱説明書でも作っておいて欲しかったレベルだ。

「ね、貴方のご両親の特徴とか、あるの?」

 言われて自分の両親の顔や周囲評価を思い出す。
 近所の人や親父の診療所に来ていた患者は、なんと言っていただろうか……。
 一つ一つ、幼く古い記憶から順に記憶を漁っていく。

「親父の顔の造形は、俺と似ているらしいな」

「貴方って、父親似なんだ」

「ああ。だが愛想は、親父の方が良いらしい」

「……え? 愛想が良い貴方?」

 目を剥いて、呆然としている。

 言わんとしていることは分かる。
 自分が無愛想で少しキツい性格をしているのは、自覚をしているからな。

「そうだ。俺の性格は、お袋に似てるらしい」

「お母さんの性格、大丈夫?」

「無礼だな。まぁ、お袋の特徴を数十倍濃縮した存在が俺との噂だ」

「良かった。お母さんは探検家か自衛隊なのかと思っちゃった」

「サバイバルに繋げるな、失礼だろ。お袋は看護師兼医療事務だ」

「貴方で慣れてるから、お母さんへの挨拶は大丈夫そうね。でも、お父さんは……」

「なんだ?」

「貴方の顔で、愛想の良いお父さんでしょ? 違和感で失神するかも」

「どこまで無礼なんだ」

「妥当よ」

「そんなに言うなら、練習してみるか?」

「練習?」

「ああ。医者も模擬患者で緊急事態への対処などを練習するからな」

「成る程。貴方がお父さんを演じて、私が挨拶してみるってことね?」

「そう言うことだ」

「ぶっつけ本番よりマシね。やってみましょう」

「良いだろう。ならば……行くぞ」

 親父を思い浮かべる。
 もう、何年も合っていない親父だが……。
 それでも自分の親父だ。
 真似することは容易い。

「――初めまして、私が昭平の父です。川口雪華さんでお間違いないですかな?」

 努めて親父の表情と口調に近づけた。
 だが川口さんは、顔を背けて苦しそうに左胸を押さえている。

 普段なら突発発作かと心配もする。
 だがこの場面では,さすがに違うだろう。
 医学バカの俺でも、それぐらいは察する。

「……何故、胸を抑えて苦しむ?」

「心臓が、止まるかと思った……。人間が耐えられる違和感を超越している……」

「俺が何時までも、黙って暴言暴力を受け入れると思うなよ?」

 予想以上に強く、心を抉るような言葉が返ってきた。

「ごめんなさい、ちょっと……。普段の貴方を知ってるから、さ。突然に爽やかな笑顔を見ると、ダメージが……」

「慣れだ、慣れ」

「普通は笑顔って安心感を与えるのに……。貴方は笑顔で人に恐怖を抱かせる、希有な才能を持つ人物ね」

「いくら俺でも、凹むことはあると知れ」

 その後も、何度か練習をしてみた。
 徐々に慣れて来たのか、或いは余所行きの接遇スイッチを入れたのか。
 存分に練習することが出来た――。