懇親会から帰宅した時には、既に川口さんも帰宅しているようであった。
インターホンを鳴らすと、室内からドタドタと足音が聞こえる。
「お帰りなさい」
川口さんは輝くような柔和な笑みを浮かべて向け入れてくれた。
先週の落ち込み具合が嘘のようだ。
それにしても……お帰りなさい、か。
偽装同棲を始めてからも、初めてそんなことを言われたな。
余程、今日の式の感想を俺に聞きたがっているのだろうか。
少し浮かれているように感じる。
「た、ただいま」
いかん、どもってしまった。
実家でも両親から「お帰り」なんて言われる機会がなかったから、「ただいま」なんて言い慣れん!
からかうような笑みを浮かべる川口さんを押しのけ、室内へと入る。
そしてクローゼットへネクタイとスーツの上着を仕舞う。
すると川口さんが、冷蔵庫からアルコール飲料の缶を取り出した。
「今日のお客様から、お礼にって差し入れを貰ったの。貴方のシャワーが終わったら、付き合ってよ。感想も聞きたいし?」
「……分かった」
そう言うと川口さんは、カーテンの中へと楽しげに消えていった。
何故だろうか。
材質は変わらないのに、カーテンがいつもとは別物に見える。
突き放すような心の壁を具現化したものではなく、単なるプライバシーの配慮という優しい壁だと感じたのだ。
俺はそのことに得も言われぬ心地良さを感じながら、シャワーで汗を流す。
ベタ付く汗が消えた爽快感も相まって、心身共に産まれ変わったかのように錯覚する。
「それで、どうだった?」
待ちわびていたのだろうか。
俺が部屋着に着替えるなり、直ぐに川口さんはソファーへと俺を座らせた。
目の前には、冷えたアルコール飲料。
開封して乾杯とほぼ同時の第一声は、嬉々とした彼女が俺に感想を尋ねる言葉だった。
「見直した。新郎新婦、そしてゲストの心から幸せそうな顔。スタッフの統制された迷いのない動き。見事な調和だった。この幸せな場を作るには、きっと貴女の仕事振りが大きな役割を果たしているんだろう。そう強く感じる、見事なものだった」
「そ、そう……」
川口さんは何故か両手で缶を掴み、視線を逸らしながらクピッと中身を飲む。
予想外の反応だ。
もっと喜ぶか、己の仕事ぶりを誇ると思っていた。
「どうかしたのか?」
「あ、貴方の口から、そんな素直な賛辞が出るなんて予想してなくて……」
成る程、な。
人間は予想外のことに直面すると、動揺するものだ。
咄嗟にどう返して良いのか、分からなくなったということか。
「……俺の仕事は、貴女の仕事とは真逆だ」
代わりに、俺が抱いた感想を語らせてもらう。
真剣な声音を察したのか、川口さんも軽口を挟む様子はない。
まだ座るのはたった2度目のソファー。
隣に川口さんが座っているという慣れない環境の中で、俺は自分の脳内に溢れんばかりの想いを整理して言葉にしていく。
「人の不幸で飯を喰っている、とは街コンの時にも言った通りだ。来院した時には、自分か家族が死と隣合わせの絶望と、苦痛の表情を浮かべている。未来を充実させる結婚式の成約をしに来るのとは、真逆の表情だろうな」
「……そう、でしょうね」
「俺の手元から離れる時も、まだ不安で仕方ない。命の一番の危機を脱したと言っても、まだ先行きが見えない状況だからな。元通りの日常に帰れる訳ではないと、暗い空気だ。今日、貴女の手元を離れていった客とは正反対の表情、空気だ」
「…………」
「知っての通り、俺はそんな不幸に満ちた病院に住んでいるんじゃないかってぐらい籠もっている。だから水族館にしても、今日みたいなウェディングにしても……。俺1人では知り得ない、眩しい世界だ。……俺には出来ない眩しい1日を作り上げる為、仕事に情熱を持って取り組む貴女を、俺は心から尊敬する」
幸せの絶頂とも言うべき結婚式、その2次会会場で笑顔を溢れさせていた人々の顔が浮かぶ。
脳内で浮かんだその光景に釣られるかの如く、頬が緩むのを感じた。
川口さんは俺のこんな暗い言葉に、どのような心情を抱いているのだろうか。
気になり横目に彼女を見ると、頬を赤く染めていた。
ほろ酔い状態、という所だろうか。
意外に彼女は、酒に弱いのかもしれない。
「そ、尊敬なんて……。あ、ありがとう。嬉しいものね、大好きなことで頑張った成果を認められるのって……」
「ああ。多岐に渡る業務で泥臭く努力しているのも、軽くだが貴女の上司に説明してもらったしな」
「ちょ、調子が狂っちゃうわね……。貴方に、そんなことを言われると……」
歯切れが悪い川口さん。
もう既に彼女は、かなり酔っているのかもしれない。
疲労と緊張から解放されたのだとしたら、アルコールに酔いやすくなるのも理解出来る。
少し飲酒量の自己調整をミスしたのかもしれないな。
そんな状態の彼女に伝えるのもどうかとは思うが、俺たちは毎日顔を会わせる保証もないのだ。
かといって、メッセージで最初に聞くのも違う気がする。
俺は彼女に、確認しなければならないことを思い出し、忘れぬうちにと口を開く。
「9日後の火曜日、9時から16時過ぎ、空いているか? 仕事は入っていないようだが、プライベートで用事とかあるか?」
「え!? そ、そんな急に誘う!? あ、いや……。うん、空いてる、けど?」
髪を手で擦りながら、川口さんは答えた。
何をモジモジとしているんだろうか。
インターホンを鳴らすと、室内からドタドタと足音が聞こえる。
「お帰りなさい」
川口さんは輝くような柔和な笑みを浮かべて向け入れてくれた。
先週の落ち込み具合が嘘のようだ。
それにしても……お帰りなさい、か。
偽装同棲を始めてからも、初めてそんなことを言われたな。
余程、今日の式の感想を俺に聞きたがっているのだろうか。
少し浮かれているように感じる。
「た、ただいま」
いかん、どもってしまった。
実家でも両親から「お帰り」なんて言われる機会がなかったから、「ただいま」なんて言い慣れん!
からかうような笑みを浮かべる川口さんを押しのけ、室内へと入る。
そしてクローゼットへネクタイとスーツの上着を仕舞う。
すると川口さんが、冷蔵庫からアルコール飲料の缶を取り出した。
「今日のお客様から、お礼にって差し入れを貰ったの。貴方のシャワーが終わったら、付き合ってよ。感想も聞きたいし?」
「……分かった」
そう言うと川口さんは、カーテンの中へと楽しげに消えていった。
何故だろうか。
材質は変わらないのに、カーテンがいつもとは別物に見える。
突き放すような心の壁を具現化したものではなく、単なるプライバシーの配慮という優しい壁だと感じたのだ。
俺はそのことに得も言われぬ心地良さを感じながら、シャワーで汗を流す。
ベタ付く汗が消えた爽快感も相まって、心身共に産まれ変わったかのように錯覚する。
「それで、どうだった?」
待ちわびていたのだろうか。
俺が部屋着に着替えるなり、直ぐに川口さんはソファーへと俺を座らせた。
目の前には、冷えたアルコール飲料。
開封して乾杯とほぼ同時の第一声は、嬉々とした彼女が俺に感想を尋ねる言葉だった。
「見直した。新郎新婦、そしてゲストの心から幸せそうな顔。スタッフの統制された迷いのない動き。見事な調和だった。この幸せな場を作るには、きっと貴女の仕事振りが大きな役割を果たしているんだろう。そう強く感じる、見事なものだった」
「そ、そう……」
川口さんは何故か両手で缶を掴み、視線を逸らしながらクピッと中身を飲む。
予想外の反応だ。
もっと喜ぶか、己の仕事ぶりを誇ると思っていた。
「どうかしたのか?」
「あ、貴方の口から、そんな素直な賛辞が出るなんて予想してなくて……」
成る程、な。
人間は予想外のことに直面すると、動揺するものだ。
咄嗟にどう返して良いのか、分からなくなったということか。
「……俺の仕事は、貴女の仕事とは真逆だ」
代わりに、俺が抱いた感想を語らせてもらう。
真剣な声音を察したのか、川口さんも軽口を挟む様子はない。
まだ座るのはたった2度目のソファー。
隣に川口さんが座っているという慣れない環境の中で、俺は自分の脳内に溢れんばかりの想いを整理して言葉にしていく。
「人の不幸で飯を喰っている、とは街コンの時にも言った通りだ。来院した時には、自分か家族が死と隣合わせの絶望と、苦痛の表情を浮かべている。未来を充実させる結婚式の成約をしに来るのとは、真逆の表情だろうな」
「……そう、でしょうね」
「俺の手元から離れる時も、まだ不安で仕方ない。命の一番の危機を脱したと言っても、まだ先行きが見えない状況だからな。元通りの日常に帰れる訳ではないと、暗い空気だ。今日、貴女の手元を離れていった客とは正反対の表情、空気だ」
「…………」
「知っての通り、俺はそんな不幸に満ちた病院に住んでいるんじゃないかってぐらい籠もっている。だから水族館にしても、今日みたいなウェディングにしても……。俺1人では知り得ない、眩しい世界だ。……俺には出来ない眩しい1日を作り上げる為、仕事に情熱を持って取り組む貴女を、俺は心から尊敬する」
幸せの絶頂とも言うべき結婚式、その2次会会場で笑顔を溢れさせていた人々の顔が浮かぶ。
脳内で浮かんだその光景に釣られるかの如く、頬が緩むのを感じた。
川口さんは俺のこんな暗い言葉に、どのような心情を抱いているのだろうか。
気になり横目に彼女を見ると、頬を赤く染めていた。
ほろ酔い状態、という所だろうか。
意外に彼女は、酒に弱いのかもしれない。
「そ、尊敬なんて……。あ、ありがとう。嬉しいものね、大好きなことで頑張った成果を認められるのって……」
「ああ。多岐に渡る業務で泥臭く努力しているのも、軽くだが貴女の上司に説明してもらったしな」
「ちょ、調子が狂っちゃうわね……。貴方に、そんなことを言われると……」
歯切れが悪い川口さん。
もう既に彼女は、かなり酔っているのかもしれない。
疲労と緊張から解放されたのだとしたら、アルコールに酔いやすくなるのも理解出来る。
少し飲酒量の自己調整をミスしたのかもしれないな。
そんな状態の彼女に伝えるのもどうかとは思うが、俺たちは毎日顔を会わせる保証もないのだ。
かといって、メッセージで最初に聞くのも違う気がする。
俺は彼女に、確認しなければならないことを思い出し、忘れぬうちにと口を開く。
「9日後の火曜日、9時から16時過ぎ、空いているか? 仕事は入っていないようだが、プライベートで用事とかあるか?」
「え!? そ、そんな急に誘う!? あ、いや……。うん、空いてる、けど?」
髪を手で擦りながら、川口さんは答えた。
何をモジモジとしているんだろうか。
