『――もしもし、昭平《しょうへい》か?』
「親父! 大丈夫か!?」
『は? どうした、昭平。そんな慌てた声で』
「いや、親父が直ぐに電話を寄越せって……。何かあったんじゃ、ないのか?」
『確かに、あったと言えばあったな。いや、重大なことがあると言うべきか……』
「重大なこと、だと? なんだ、もしかして入院か? それとも、親父の診療所に何か……」
『いやいや。――街《まち》コンだ』
「……は? 街コン?」
街コン……。
聞いたことはあるな。
確か……病棟でナースたちが話していた。
要は出会いを求める男女が集まる婚活パーティーってやつだろう。
それを街の店とか、色んな形式でやる合同コンパってことだよな。
それが一体、どうしたと言うのだろうか?
『今日の20時が受付開始時間だ』
「……親父。お盛んなことに文句を言うつもりはない。だが、お袋にバレたら怒鳴られるぞ?」
『何を言っている。――昭平が参加するんだよ』
「は?」
『ほれ、URLを送ったぞ』
ポンッと親父からメッセージが送られてきた。
リンク先のタイトルは『エリート限定。男性プレミアムステータス限定』。
なんとも、開きたくなくなるタイトルだが……。
仕方なしにリンク先へ飛ぶ。
「な、なんだこれは!?」
リンク先のHPへ飛んで、思わず目が丸くなる。
会場は俺でも知っている有名ホテル。
しかも、参加者のイメージ写真にはフォーマルなスーツやドレス。
見るからに高価で贅沢そうじゃないか。
なんて言う無駄遣い……。
顔を顰めたくなる光景だ。
「いや、親父。俺はこんな婚活パーティーに参加する暇はないんだ。今は仕事が第一だって、いつも言っているだろ? 結婚なんざ、考えている余裕も暇もない」
『今日の17時半からは、休みだよな? 9日ぶりの、完全非番だろうが』
「……何故バレているんだ」
『お前にシフト勤務カレンダーアプリを紹介したのは私だぞ。細かい昭平のことだから、キッチリと書くだろうと思っていた。予想通りだったな』
「いや、そうじゃなくて!……なんで俺がカレンダーに書いた勤怠記録《きんたいきろく》が、親父にバレているんだ?」
『あのアプリはな、指定した相手との相互共有機能があるんだよ。知らなかったのか?』
「……知らなかった。記録帳としか思っていなかった」
『今朝になっても、今夜から明日の朝にかけては新たなシフトが入らなかったからな。さすがに急患でも来ない限りは、10日目に突入することはないだろう。だから、当日予約をしておいたんだ』
なんてめざとい親父だ。
36時間前後の連続勤務には慣れている。
だが9日間帰れないのは、さすがに疲れた。
論文だって、早く修正して、また教授に提出しなければならないのに……。
結婚なんて言うクソみたいな契約をするつもりもまだないし、完全に時間と金の無駄だ。
やっていられるか!
「……俺は論文を書き進める予定だったんだ。親父には悪いが、そんな集まり――」
『場所は昭平の住んでいる品川区のお隣、赤坂《あかさか》。参加費は7千6百円でビュッフェとアルコール飲み放題だ』
「さ、参加費だけで7千6百円だと!? ふざけるな、俺は絶対に――」
『私の奢《おご》りだ』
「――仕方ないから行ってやる。今回だけだぞ」
全く、親父には困ったもんだ。
だが無料でビュッフェの食事にありつけてアルコールも飲めると言うなら悪くない。
1週間以上は病院に籠もりっぱなしだったし、栄養が足りなくて困っていた所だ。
ビュッフェなら、不足していた栄養を摂れるだろう。
親父が払う金の元を取るだけ飲み食いするには……。
頭の中でプランニングする必要があるな。
必要栄養素を摂りつつ、酒税でコストの高いアルコールを飲む。普段は絶対に飲まないからな。
……たまには、悪くない。
『……昭平。お前は本当にケチだな』
「親父。俺はケチなんかじゃない。計画性があると言うんだ。目標があるから、プランを立てて必要な倹約《けにゃく》をしている。それだけだ。親父こそ、無駄遣いはもう止めてくれ。先々のこともあるんだ」
『これは無駄遣いなんかじゃあない。昭平には早く結婚して欲しいんだ。私も母さんも良い歳だからな。息子の結婚式にだって出席したいし、孫の顔も――』
「ああ、分かった分かった。その話、長くなるだろ。仕事に戻るから、またな」
返事も待たず、通話を切った。
全く、親父と連絡を取るといつもこれだ。
36歳になって独身というのを、いつも責めてくる。
晩婚化している社会に反し、親父は考えが古い。
もはや結婚は義務という風潮じゃない、結婚しないで仕事を頑張るというのもスタンダードな選択肢になっていると言うのに……。
「仕事や夢に向かって集中することの、何が悪いんだ。上司にしても、同僚にしても……。独身であることを悪し様に責めやがって。煩《わずら》わしくて、業務の能率が落ちかねん。命の現場で少しでもパフォーマンス低下に繋がることは、排除したいが……」
手っ取り早く周囲が黙るのは、誰かと結婚を見据えた交際をすることだろう。
だからと言って、男女交際や結婚なんてクソみたいなことに使う時間も金もない。
俺は医者としてやりたいこと、やらなければならないことがある。
初期研修医期間《しょきけんしゅういきかん》の終了後、2分野における専門医を目指す研修制度、ダブルボードカリキュラムに従って整形外科専門医《せいけいげかせんもんい》は既に取得出来た。
だが、救命科専門医試験が受験可能になるのは、今年だ。
今年は色々な意味で勝負の1年だと言うのに……。
「どいつもこいつも、恋愛だ結婚だのと……。俺は、そんなことに時間を割くほど余裕がないと言うのに」
今夜参加する街コン情報が開かれたHPを見て、吐き捨てるような言葉が出てくる。
スクラブのポケットにスマホを仕舞い、俺は病棟へと戻る。
金を支払ってしまったものは仕方がない。
20時からの開始に間に合うよう、後3時間で仕事を不足なくやり遂げねば……。
「親父! 大丈夫か!?」
『は? どうした、昭平。そんな慌てた声で』
「いや、親父が直ぐに電話を寄越せって……。何かあったんじゃ、ないのか?」
『確かに、あったと言えばあったな。いや、重大なことがあると言うべきか……』
「重大なこと、だと? なんだ、もしかして入院か? それとも、親父の診療所に何か……」
『いやいや。――街《まち》コンだ』
「……は? 街コン?」
街コン……。
聞いたことはあるな。
確か……病棟でナースたちが話していた。
要は出会いを求める男女が集まる婚活パーティーってやつだろう。
それを街の店とか、色んな形式でやる合同コンパってことだよな。
それが一体、どうしたと言うのだろうか?
『今日の20時が受付開始時間だ』
「……親父。お盛んなことに文句を言うつもりはない。だが、お袋にバレたら怒鳴られるぞ?」
『何を言っている。――昭平が参加するんだよ』
「は?」
『ほれ、URLを送ったぞ』
ポンッと親父からメッセージが送られてきた。
リンク先のタイトルは『エリート限定。男性プレミアムステータス限定』。
なんとも、開きたくなくなるタイトルだが……。
仕方なしにリンク先へ飛ぶ。
「な、なんだこれは!?」
リンク先のHPへ飛んで、思わず目が丸くなる。
会場は俺でも知っている有名ホテル。
しかも、参加者のイメージ写真にはフォーマルなスーツやドレス。
見るからに高価で贅沢そうじゃないか。
なんて言う無駄遣い……。
顔を顰めたくなる光景だ。
「いや、親父。俺はこんな婚活パーティーに参加する暇はないんだ。今は仕事が第一だって、いつも言っているだろ? 結婚なんざ、考えている余裕も暇もない」
『今日の17時半からは、休みだよな? 9日ぶりの、完全非番だろうが』
「……何故バレているんだ」
『お前にシフト勤務カレンダーアプリを紹介したのは私だぞ。細かい昭平のことだから、キッチリと書くだろうと思っていた。予想通りだったな』
「いや、そうじゃなくて!……なんで俺がカレンダーに書いた勤怠記録《きんたいきろく》が、親父にバレているんだ?」
『あのアプリはな、指定した相手との相互共有機能があるんだよ。知らなかったのか?』
「……知らなかった。記録帳としか思っていなかった」
『今朝になっても、今夜から明日の朝にかけては新たなシフトが入らなかったからな。さすがに急患でも来ない限りは、10日目に突入することはないだろう。だから、当日予約をしておいたんだ』
なんてめざとい親父だ。
36時間前後の連続勤務には慣れている。
だが9日間帰れないのは、さすがに疲れた。
論文だって、早く修正して、また教授に提出しなければならないのに……。
結婚なんて言うクソみたいな契約をするつもりもまだないし、完全に時間と金の無駄だ。
やっていられるか!
「……俺は論文を書き進める予定だったんだ。親父には悪いが、そんな集まり――」
『場所は昭平の住んでいる品川区のお隣、赤坂《あかさか》。参加費は7千6百円でビュッフェとアルコール飲み放題だ』
「さ、参加費だけで7千6百円だと!? ふざけるな、俺は絶対に――」
『私の奢《おご》りだ』
「――仕方ないから行ってやる。今回だけだぞ」
全く、親父には困ったもんだ。
だが無料でビュッフェの食事にありつけてアルコールも飲めると言うなら悪くない。
1週間以上は病院に籠もりっぱなしだったし、栄養が足りなくて困っていた所だ。
ビュッフェなら、不足していた栄養を摂れるだろう。
親父が払う金の元を取るだけ飲み食いするには……。
頭の中でプランニングする必要があるな。
必要栄養素を摂りつつ、酒税でコストの高いアルコールを飲む。普段は絶対に飲まないからな。
……たまには、悪くない。
『……昭平。お前は本当にケチだな』
「親父。俺はケチなんかじゃない。計画性があると言うんだ。目標があるから、プランを立てて必要な倹約《けにゃく》をしている。それだけだ。親父こそ、無駄遣いはもう止めてくれ。先々のこともあるんだ」
『これは無駄遣いなんかじゃあない。昭平には早く結婚して欲しいんだ。私も母さんも良い歳だからな。息子の結婚式にだって出席したいし、孫の顔も――』
「ああ、分かった分かった。その話、長くなるだろ。仕事に戻るから、またな」
返事も待たず、通話を切った。
全く、親父と連絡を取るといつもこれだ。
36歳になって独身というのを、いつも責めてくる。
晩婚化している社会に反し、親父は考えが古い。
もはや結婚は義務という風潮じゃない、結婚しないで仕事を頑張るというのもスタンダードな選択肢になっていると言うのに……。
「仕事や夢に向かって集中することの、何が悪いんだ。上司にしても、同僚にしても……。独身であることを悪し様に責めやがって。煩《わずら》わしくて、業務の能率が落ちかねん。命の現場で少しでもパフォーマンス低下に繋がることは、排除したいが……」
手っ取り早く周囲が黙るのは、誰かと結婚を見据えた交際をすることだろう。
だからと言って、男女交際や結婚なんてクソみたいなことに使う時間も金もない。
俺は医者としてやりたいこと、やらなければならないことがある。
初期研修医期間《しょきけんしゅういきかん》の終了後、2分野における専門医を目指す研修制度、ダブルボードカリキュラムに従って整形外科専門医《せいけいげかせんもんい》は既に取得出来た。
だが、救命科専門医試験が受験可能になるのは、今年だ。
今年は色々な意味で勝負の1年だと言うのに……。
「どいつもこいつも、恋愛だ結婚だのと……。俺は、そんなことに時間を割くほど余裕がないと言うのに」
今夜参加する街コン情報が開かれたHPを見て、吐き捨てるような言葉が出てくる。
スクラブのポケットにスマホを仕舞い、俺は病棟へと戻る。
金を支払ってしまったものは仕方がない。
20時からの開始に間に合うよう、後3時間で仕事を不足なくやり遂げねば……。
