幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK

「……痛み、だと?」

「はい。ウェディングプランナーとして、大金を支払う人の痛み。そして自分の勤める法人が赤字を出す痛み。双方の痛みを知っているからこそ、釣り合いを取り、皆が笑顔になれるように奔走しているんだと思んですよ。それは、とてもストレスが貯まるでしょう。楽をしようと思えば、もっと効率よく楽が出来るんですから。ですが、彼女……雪華さんは、手を抜いて楽をしない。プライベートで反動が大きく出るぐらい、頑張ってしまう。お客、法人……。その他多くの人が幸せになる空間を作る為に、誇りを抱き、釣り合いを取りながら行動していると思うのです。……そこが、特に素敵だな、と」

「南さん……。そうなのねぇ。雪華、ちゃんと見てくれる人に会えて、良かったわね」

「お、お母さん……。う、うん」

 川口さんは恥ずかしそうに頬を赤らめ、顔を俯かせている。

 咄嗟に良い所を挙げたが、間違っていなかっただろうか。
 俺が本人に聞いて欲しかったのは、プライベートで大きな反動という皮肉の部分なんだが、ちゃんと意図が伝わったのだろうか?

 親父さんはジロリと俺を睥睨した後、面白くなさそうに「ふん」と目を逸らした。
 その後は何も言葉が続かなかったことから見るに、一応の納得はしてくれたのだろうか?
 分かりがたい爺さんだ。

「南さん、変なことばかり聞いて、ごめんなさいね。雪華は、私たちが35歳を過ぎてから産まれた一人っ子だから……。お父さんも、その交際相手が気になって仕方がないの」

 成る程、な。
 妊活《にんかつ》に苦労し、もう子供は出来ないかもしれないと思っていた時、やっと出来た待望の子供という訳か。
 唯でさえ子供は可愛いと言うのに、そういう背景ならば可愛くて仕方がないだろう。
 親バカになるのも、納得だ。

「でも、お父さんも雪華を育てるのに頑張ったのよ? 引退した農家の農園を買って、大規模な経営拡大も成功させたの。親族や人も雇ってね」

「ふん。大事な娘に、選択肢の1つとして残してやりたかったのだ。収入が多く、安定した農園をな」

「そうなる為に、凄く努力してたのよ~。農作物のブランド化を成功させたり、あきる野市近隣のホテルや料理店に、新鮮なお野菜や果物を直接売り込みに行ったり、ね。今、雪華が勤めている東央ニューホテルの料理長さんとも、そうやって出会ったのよ」

「アイツは、職人として立派な心根を持っている。そんなやつが見張っていなければ、大事な娘を安心して働かせられん」

 そうなのか、大したもんだ。
 バイタリティー溢れる親父さんに、好感が湧いてきた。
 この人も家族を守るという目標の為に、仕事へ懸命に打ち込んだのだな。

 お袋さんは軽く言ったが、農作物のブランド化や売り込みなど、そう易々と成し遂げられるものじゃあないだろう。
 苦悩や発想力に、不撓不屈《ふとうふくつ》の精神や行動力がなければ、成し遂げられないだろう。
 拡大に伴うリスクに恐怖し、眠れない夜だってあったはずだ。

「親バカだってビックリしたでしょ? でもね、私たち夫婦が不妊で悩みながら、やっと産まれた可愛い1人娘なの」

「不妊治療は、少し前まで基本的な検査と治療にしか保険適用されませんでしたからな」

 分かる気がする。
 俺自身は人の親ではないが……。
 余計に、今の偽装同棲という状況に罪悪感を覚えてしまい、居心地が悪い。

「娘を可愛がるのも良いけどさ。私としては、お父さんに自分の身体を大事にして欲しいんだけど?」

「そうなのよね~。見ての通り、お腹が出てるでしょ? お酒も煙草もするし。それに高血圧と糖尿病のお薬も飲んでるしねぇ……」

「おい、止めないか」

「もうちょっと血糖値が悪くなったら、インスリン注射だって言われてるじゃない?」

「あんな薬漬けにして儲けようとする町医者の言うことなど、信用が出来るか!」

 町医者の子供である俺としては、耳が痛い話である。
 だが酒も煙草も、高血圧も糖尿病も、全ての疾患リスクを引き上げる。

「どうか、程々に」

「君に心配される筋合いはない!」

 いや、俺も医者だからな?
 だが俺の患者や義父と言う訳でもない。
 余計なお世話だったか。