迎えた、川口雪華さんの両親へ挨拶をする日。木曜日の昼下がり。
ウェディングプランナーというのは、土日はまともに休みが取れないらしい。
それはそうか。
結婚式は土日が多いからな。
兎に角、その関係で平日となった。
俺も今日は当直明けで、研究業務を終えても昼過ぎには帰宅出来るようにしていた。
教授に同棲相手の親へ挨拶すると伝えると、快く許可を貰たのだ。
品川駅の改札前で、相手方の両親が到着するのを川口さんと待っていた。
一組の老人男女が改札から出て笑顔で歩み寄って来る。
女性の方は手を振り、川口さんも手を振り替えしていることから、この方々がご両親だろう。
年齢的には、70には達していないぐらいだろうか?
「雪華、久しぶりね!」
「お母さんも、久しぶり」
「ワシも母さんも、心配しているんだ。雪華、もっと実家に顔を出しなさい」
こんがりと陽に焼けた男性――雪華の親父さんは、小言を言いながらも娘にハグしている。
なんだ、これは?
ここは日本だよな。
家族とは言え、駅で再会したからハグをして挨拶をする文化などない国のはずだろうが……。
川口さんも恥ずかしがりつつ受け入れている。
なんだか欧米映画を観ている気分だ。
凄まじい家族愛を感じると言うか……。
成る程、相当に愛情表現をされながら育ってきたんだな。
「金に困っていないか? 小遣いは要るか?」
「もう、人前で止めてよ。お父さん」
川口さんは確か、30歳を超えていたよな?
成る程。
愛する余り、こうやって甘やかして育てて来た訳か。
それは常識知らずで、稼いだ金も使い切るような娘に育つ訳だ。
妙に納得してしまった。
「それで雪華? こちらの方を、早く紹介してくれるかしら?」
お袋さんらしき老年の女性が、俺に視線を向けながら微笑んでいる。
肌は陽に焼けているが、旦那ほどではない。
物腰柔らかで、優しい人物という印象だ。
「ああ、そうよね。こちらが交際をしている南昭平さん。東林大学病院のお医者さんで、すっごく仕事熱心で、患者さんを大切にする立派な方なの。見た目もイケメンでしょ?」
「……は、初めまして。南昭平、です」
猫を被るのに慣れている川口さんと俺は違うのだ。
凄く立派?
イケメン?
思ってもいないことを口にしやがって。
激しく突っ込みたいが、我慢だ。
口元をヒクつかせながらも、なんとか頭を下げて挨拶することで誤魔化せただろう。
「……君が娘と同棲している男かね。ふん、同棲前に挨拶もしないのは、不義理だとは思わんかったのか?」
「それは、誠に申し訳ないと……」
「まぁまぁ、お母さんは素敵な方だと思うわよ? 事前に挨拶に来なかったのはアレだけど、その分お仕事を頑張っていたってことでしょ? まるでお父さんみたいに仕事熱心じゃない」
「誰がこのような若造と同じか! ワシは義理は通す!」
「と、取り敢えず! 立ち話もなんだし、カフェに入ろうよ? 彼はこの後、また病院に戻らなきゃだしさ!」
憤慨する父親を取りなし、川口さんが近場のカフェに向けて歩みを進める。
親父さんと反対側にお袋さんも並び、3人仲良く横並びで移動している。
俺は鳥肌が立つ思いで、3人の後ろをついて歩く。
なんなのだ、この仲良し親子は……。
とてもついて行けん。
そんな思いを抱えつつ、カフェへと入る。
大理石かと思う綺麗な床に、落ち着く暖色の照明。
かなり洒落た雰囲気を持つ店の4人席だ。
事前に予約していたらしく、すんなりと席へ案内された。
向かいにはご両親、そして俺の隣に川口さん。
店員がメニュー表を置き、爽やかな笑顔で去って行った。
「まずは川口さんのご両親からどうぞ」
俺はメニュー表を手渡す。
相も変わらず、親父さんは不機嫌そうに唇を結んでいる。
だが、お袋さんはご機嫌そうに旦那へ「これ、美味しそう」などと話しかけていた。
夫婦仲も良いようだ。
俺の両親も仲は良いが、このようにベタベタとする関係ではない。
俺の目には異常に映るが……微笑みを崩してはダメだ。
「――こちらは決まった。雪華たちも決めなさい」
「うん、ありがとう」
そうして川口さんは、メニュー表を広げて俺にも見せて来る。
「な、なん――」
「――しっ! 声が大きい!」
思わず白目を剥いて叫びそうになった俺の顔を、川口さんはメニュー表で隠す。
小声で、大きな声を出さないようにと注意してきた。
危なかった……。
驚愕の余り、素が出る所だった。
だが、しかし……。
「す、済まん。だが……なんだ、この価格設定は!?」
「私だって高いとは思うわよ。でも、仕方ないでしょ!? 両親には忙しく努力してる分、お金がある医者だって言って、安心させてるのよ!?」
理屈は分かる。
同棲前に挨拶に行かなかった挙げ句、中々挨拶へも赴かなかったり……。
それならば、忙しくしていると伝えた方が都合が良い。
まして経済的余裕がある方が安心して娘を任せられるし、親の金ではなく自分が努力して稼いだ金だという方が好感が高いのも、納得だ。
だが、しかしだ――。
「コーヒーが1100円からって、ふざけているだろう!? 何故サンドイッチが2700円もするんだ!? 何を挟めばそんな値段になる!?」
ウェディングプランナーというのは、土日はまともに休みが取れないらしい。
それはそうか。
結婚式は土日が多いからな。
兎に角、その関係で平日となった。
俺も今日は当直明けで、研究業務を終えても昼過ぎには帰宅出来るようにしていた。
教授に同棲相手の親へ挨拶すると伝えると、快く許可を貰たのだ。
品川駅の改札前で、相手方の両親が到着するのを川口さんと待っていた。
一組の老人男女が改札から出て笑顔で歩み寄って来る。
女性の方は手を振り、川口さんも手を振り替えしていることから、この方々がご両親だろう。
年齢的には、70には達していないぐらいだろうか?
「雪華、久しぶりね!」
「お母さんも、久しぶり」
「ワシも母さんも、心配しているんだ。雪華、もっと実家に顔を出しなさい」
こんがりと陽に焼けた男性――雪華の親父さんは、小言を言いながらも娘にハグしている。
なんだ、これは?
ここは日本だよな。
家族とは言え、駅で再会したからハグをして挨拶をする文化などない国のはずだろうが……。
川口さんも恥ずかしがりつつ受け入れている。
なんだか欧米映画を観ている気分だ。
凄まじい家族愛を感じると言うか……。
成る程、相当に愛情表現をされながら育ってきたんだな。
「金に困っていないか? 小遣いは要るか?」
「もう、人前で止めてよ。お父さん」
川口さんは確か、30歳を超えていたよな?
成る程。
愛する余り、こうやって甘やかして育てて来た訳か。
それは常識知らずで、稼いだ金も使い切るような娘に育つ訳だ。
妙に納得してしまった。
「それで雪華? こちらの方を、早く紹介してくれるかしら?」
お袋さんらしき老年の女性が、俺に視線を向けながら微笑んでいる。
肌は陽に焼けているが、旦那ほどではない。
物腰柔らかで、優しい人物という印象だ。
「ああ、そうよね。こちらが交際をしている南昭平さん。東林大学病院のお医者さんで、すっごく仕事熱心で、患者さんを大切にする立派な方なの。見た目もイケメンでしょ?」
「……は、初めまして。南昭平、です」
猫を被るのに慣れている川口さんと俺は違うのだ。
凄く立派?
イケメン?
思ってもいないことを口にしやがって。
激しく突っ込みたいが、我慢だ。
口元をヒクつかせながらも、なんとか頭を下げて挨拶することで誤魔化せただろう。
「……君が娘と同棲している男かね。ふん、同棲前に挨拶もしないのは、不義理だとは思わんかったのか?」
「それは、誠に申し訳ないと……」
「まぁまぁ、お母さんは素敵な方だと思うわよ? 事前に挨拶に来なかったのはアレだけど、その分お仕事を頑張っていたってことでしょ? まるでお父さんみたいに仕事熱心じゃない」
「誰がこのような若造と同じか! ワシは義理は通す!」
「と、取り敢えず! 立ち話もなんだし、カフェに入ろうよ? 彼はこの後、また病院に戻らなきゃだしさ!」
憤慨する父親を取りなし、川口さんが近場のカフェに向けて歩みを進める。
親父さんと反対側にお袋さんも並び、3人仲良く横並びで移動している。
俺は鳥肌が立つ思いで、3人の後ろをついて歩く。
なんなのだ、この仲良し親子は……。
とてもついて行けん。
そんな思いを抱えつつ、カフェへと入る。
大理石かと思う綺麗な床に、落ち着く暖色の照明。
かなり洒落た雰囲気を持つ店の4人席だ。
事前に予約していたらしく、すんなりと席へ案内された。
向かいにはご両親、そして俺の隣に川口さん。
店員がメニュー表を置き、爽やかな笑顔で去って行った。
「まずは川口さんのご両親からどうぞ」
俺はメニュー表を手渡す。
相も変わらず、親父さんは不機嫌そうに唇を結んでいる。
だが、お袋さんはご機嫌そうに旦那へ「これ、美味しそう」などと話しかけていた。
夫婦仲も良いようだ。
俺の両親も仲は良いが、このようにベタベタとする関係ではない。
俺の目には異常に映るが……微笑みを崩してはダメだ。
「――こちらは決まった。雪華たちも決めなさい」
「うん、ありがとう」
そうして川口さんは、メニュー表を広げて俺にも見せて来る。
「な、なん――」
「――しっ! 声が大きい!」
思わず白目を剥いて叫びそうになった俺の顔を、川口さんはメニュー表で隠す。
小声で、大きな声を出さないようにと注意してきた。
危なかった……。
驚愕の余り、素が出る所だった。
だが、しかし……。
「す、済まん。だが……なんだ、この価格設定は!?」
「私だって高いとは思うわよ。でも、仕方ないでしょ!? 両親には忙しく努力してる分、お金がある医者だって言って、安心させてるのよ!?」
理屈は分かる。
同棲前に挨拶に行かなかった挙げ句、中々挨拶へも赴かなかったり……。
それならば、忙しくしていると伝えた方が都合が良い。
まして経済的余裕がある方が安心して娘を任せられるし、親の金ではなく自分が努力して稼いだ金だという方が好感が高いのも、納得だ。
だが、しかしだ――。
「コーヒーが1100円からって、ふざけているだろう!? 何故サンドイッチが2700円もするんだ!? 何を挟めばそんな値段になる!?」
