幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK

 一度、同棲を始める前にホテルへ赴き、仕事中の川口さんを見た。

 確かに、あの時はよく人の心情や顔色を見ていると思ったが……。
 今は完全に別人だ。
 まるで仕事の反動が来ているのかのように、浪費家で自堕落、自分勝手な姿しか見ていない。

「アンタは人の顔色ばっかり伺う仕事で、かなり疲れてそうだな。反動が私生活を台無しにするぐらい。……特別高い化粧品に、使われた形跡のないブランド物。自堕落で浪費癖もあって、ゴミ出しも結局は俺がしている。部屋までゴミ置き場のようにされて。仕事中は、家でのアンタとまるで正反対なんだろうな」

「そうね。あんたが患者のデータを見て判断するのを武器にするように、私の仕事は相手の顔色、声音から判断して交渉するのが大切な仕事なの。人を笑顔にするには、人の要求を知らなきゃ行けないし。自分も特別感と清潔感を供えた綺麗な存在じゃなきゃ行けないのよ。結婚式という特別幸せなことをプランニングする相手が見窄《みすぼ》らしい外見じゃあ、信用が出来ないでしょ?」

 俺を睨みつけながら、そう口にした。

 よく回る口だが、自分に都合の悪いゴミ出しなどの部分は避けている。
 こうして言いくるめて、高額な結婚式を契約させるのか。
 ウェディング会場の前にある、一杯600円と原価の平均をぶち壊すような価格設定と同じだ。
 なんて胡散臭いんだ。

「チッ……。人の幸せで喰う飯、か。嘘つきが。ぼったくり紛いの高い金を貪り取って得た金で、高価な私物ブランド品や化粧品を揃える正当性を訴える。随分、良いご身分の仕事だな」

「なんなのよ、あんたは!? 私に喧嘩を売ってるの!? 私生活は多少、言われても仕方がない! でも、あんたに私の仕事の何が分かるのよ!?」

 ぶち切れたのか、ドンッと地面を蹴って立ち上がり、俺の胸ぐらを掴み上げて来た。
 俺は座ったまま、鋭く睨みつけてくる目線を睨み返す。

「ああ、知らねぇさ! 俺がアンタの仕事を知らんように、アンタも俺の仕事を知らんだろう! 先に俺の仕事っぷりをバカにしたのはそっちだ!」

「はぁ!? あんたに診られる患者や同僚が可哀想って言葉!?」

「そうだ!」

「事実じゃない! あんたみたいなヤツ、どうせ誰も救えないどころか、不幸にさせる医者なんでしょうよ! 私ならそうね! 話しているだけで不幸になるもの!」

 その言葉は――俺の逆鱗に触れた。
 もう、我慢は出来ん!

「俺が誰も救えないだと!? ふざけるな! 俺は最善の行動をした、最も救える確率を高められるように、準備も勉強もして来た! それでも救える確率は20パーセント未満だったんだ! 懸命に最善を尽くしても、救える確率は20パーセント未満でした。だから残念ですがと最悪の不幸を宣告する俺の仕事が、笑顔に囲まれているアンタに分かってたまるか!」

 これは医者の言い訳に過ぎないのかもしれん。
 だがそれでも、全力を尽くした!
 それでも、どうにも現代医学の限界はある!
 残念でしたと言わねばならない俺の気持ちが、幸せに囲まれた世界で飯を喰うコイツに分かってたまるか!

 叫んだ俺の言葉に、少し思う所が合ったのか。
 視線が一度気まずそうに外れた。

 胸ぐらを掴む手も少し緩んだかと思えば――再び鬼のような形相を浮かべる。
 そして今度は、両手で胸ぐらを掴んで来やがった。

「い、いつものようにグチグチ損得勘定を計算してたから手遅れになったんじゃないの!?」

「アッ!? アンタ、今なんと言った!?」

 胸ぐらを掴んだ以上、川口山も引っ込みが付かないのは理性で分かる。
 本心ではないことを口走っているのも察する。

 それでも――許せんラインを越えた発言には、怒りを禁じ得ない!