幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK

「バカなのか!? 冷房ってのは、室内を設定温度まで下げる道具だ! スタートが締め切りで暖気が籠もった状態からだと、余計な電力消費が必要になるだろうが!」

「知らないわよ、そんなの! 外だって暑いんだから、変わらないでしょ!?」

「締め切った部屋に差し込む光、そこから生まれ籠もる暖気は室外よりも高くなる! 常識だろう!?」

「良いじゃない! どっちにしろ冷たいシャワーを浴びてる間に涼しくなってるんだから!」

「だから、そこまで冷えるのに要する電力が違うと言っている!」

「どうせまた、数円程度の差でしょ!? 本当、みみっちくてイヤになるわ!」

 こいつ、本当に俺の日本語が通じているのか?
 言語を理解する能力が、熱でやられているんじゃないのか?
 ……いや、暑くない時からこんな感じだったか。

「ああ~もう……。あんたと言い合いしたせいで、暑くなったわ。ちょっと20度まで下げて――」

「――止めろ! 一時的に暑くなったからと、設定温度を頻繁に変える気か!? 更に電力を消費するだろうが!」

「うっさいわねぇ……。どうせ誤差よ。……ああ、冷たい風が気持ち良い」

「ぁ、ぁあああ……」

 本当にやりやがった……。
 この経済観念の乏しさ……。
 間違いない、コイツは不倶戴天《ふぐたいてん》の敵だ!
 更に悪く言えば、貧乏神だ!

 気が付いた時には俺の貯金まで奪われている予感がする。
 お互いの利益を果たしたら、直ぐに出て行ってもらわねば。
 もう、今はこれ以上何かを言っても無駄だろう。

「俺は軽くシャワーを浴びる」

「あっそ。じゃあ、カーテンを閉めておくわね」

 シャッとカーテンを閉められる。
 窮屈感が増した。

 仕方なしに受け入れていたが、よくよく考えれば既に侵略し、俺に不幸を振りまいていないか?
 不幸の世界に生きるのは、病院だけで間に合っていると言うのに……。
 仮にも人を幸せにして飯を喰っていると言うのなら、家での俺も少しは幸せにして欲しいものだ。

 口に出せばまた不毛な言い合いになるから、胸中で留めておく。
 建設的な議論なら喜んでするが、不毛な言い合いでまたロジハラと騒がれるとカロリーの無駄だ。

 兎に角、今はシャワーを浴びてベタ付く肌をなんとかしたい。
 そうしてサッとシャワーを浴び、乾燥機付き洗濯機のスイッチを入れる。

 後は、眠るだけだ。
 俺は自室へのドアを開き、冷気を取り込む。
 そして折りたたみベッドを開き、横になる。

「ちょっと、ちゃんとドア締めなさいよ」

 川口さんの声が聞こえてきた。
 なんだよと思いつつ身を起こし、ドアから顔を覗かせる。
 川口さんもカーテンの隙間から顔を出し、こちらを睨んでいた。
 まさか、とは思うが……。

「今夜は最低気温29度の熱帯夜だから、エアコンを付けたまま寝るんだよな? 俺の部屋、ドアを空けておいても良いだろ?」

「このエアコン、7畳用よね? 良いのかしら、電力が余計に掛かるわよ?」

 たった1つしかないエアコンまで、独占する気か!?
 防犯の為に、換気をしたまま眠る訳にも行かない。

 29度で、締め切った部屋で眠る……。
 考えるまでもなく、最悪だ。

 汗でベッドは汚れ、湿り気を帯びているから熱も籠もる。
 結果、疲れも取れ難くなると言うのに。

 だが頭を下げて冷気を取り入れさせてくださいなどと言うのは、もっての外だ。
 余りの不条理に、口にしている間に怒りで体温が上昇しかねない。

「……良いだろう。寝る前に小まめに水分摂取をすれば、熱中症や脳梗塞も回避出来るだろうからな。貴様も精々、冷房病に気をつけろよ!」

「冷房病って、正式な病名なの?」

「……ぞ、造語だ」

「私が以前に仕事中毒って口にしたら、正式な病名になってから言え的な話をされた気がするのだけど? 他ならぬ、あんたから」

「どこまでも口の減らないヤツだな……。忌々しい」

 俺は冷蔵庫に行き、冷やしておいた水道水を口に含む。
 スッと、体温と共に溜飲も下がった気がした。

 翌朝、俺は寝苦しさから、本来起床する予定の時刻より早くに目が醒めた。
 そして目が醒めたからには、早めに病院へ行って研究作業を進めたい。
 一晩中、冷房を付けたままなのだろう。
 軽く換気をしてやる。

 まだ眠っている川口さんを起こさないよう、そっと自宅を出る時、川口さんの気持ち良さそうな寝言が聞こえた。

 出勤前から、妙に気を遣って疲れた気分だ――。