そっと、ぎゅっと抱きしめて


あの光景を見てしまってから、ふとした瞬間に伊吹さんにキスする峯岸さんの姿が思い出してしまうようになり、仕事中に竹中課長に「三波さん、珈琲。」と言われ、珈琲を淹れている時も伊吹さんのことを思い出してしまっていた。

仕事帰りには、久しぶりに美味しい珈琲が飲みたくなり、スターバッ◯スに寄り、カフェラテを注文しようと列に並んでいる時、そういえばアトリエにあるドリップ珈琲が無くなりそうになっていた事を思い出し、カフェラテと一緒にドリップ珈琲も購入した。

最寄りのバス停からバスを降り、薄暗くなっている夜空を見上げては、伊吹さんなら、この夜空をどんな風に描くんだろうと思い、気付けばわたしは伊吹さんのことばかり考えてしまうようになっていた。

家の付近まで来ると、アトリエの方を見てしまう。

閉まるアトリエの窓の隙間からは光が漏れ、アトリエ内に伊吹さんが居ることを知らせている。

わたしはそっとアトリエに近付くと、アトリエのドアノブに音を立てないよう注意をはらいながら、スターバッ◯スで買ったドリップ珈琲が入った袋をかけた。

そして、伊吹さんに気付かれないよう自宅マンションへ小走りで入って行く。

いつもなら、普通に伊吹さんに持って行けるはずなのに、伊吹さんに会うことを避けてしまっている自分。

本当は伊吹さんに会いたい。
でも、どんな顔をして会えばいいか分からない。

何も見ていないフリをして会える自信がわたしには無かった。

それに伊吹さんは優しいから、もしかしたら峯岸さんの気持ちに応えているかもしれない。

わたしは悪い方ばかりに考えてしまい、自分で自分を傷付けて凹んでしまっていた。