そっと、ぎゅっと抱きしめて


それからわたしは、仕事が休みの土日は伊吹さんのアトリエにお邪魔して、珈琲を飲みながら伊吹さんが絵を描く姿を眺めるのが日常的になっていった。

左斜め後ろから見る伊吹さんの絵を描く真剣な眼差しは、ずっと見ていても飽きない。

いつも襟のない白いシャツを着て、腕まくりをしながら絵を描く、この位置から見る伊吹さんのシルエットがわたしは好きだった。

そんなある日の土曜日。
いつものようにお昼頃から伊吹さんのアトリエにお邪魔しようと、アトリエ前まで来た時、アトリエ横に建つ伊吹さんのご実家のドアが開き、人が出てきた。

わたしは一瞬、伊吹さんが出てきたのかと思ったが、それは年配の男性だった。

伊吹さんのお父さんだ。

背丈のシルエットや雰囲気が伊吹さんとそっくりで、わたしはすぐにそう思った。

その男性はわたしに気付くと、一瞬驚いた表情をしたが、すぐに柔らかく微笑み「もしかして、しずくさんですか?」と声を掛けてきてくれた。

「あ、はい。三波しずくと申します。」
「渚から話は聞いていましたよ。それにしても驚きました。一瞬、しずくさんを見た時、妻がいるように見えて。」
「奥様にですか?」
「はい、雰囲気がそっくりで。親子揃って、惹かれる女性のタイプが一緒なんですかね。」

伊吹さんのお父さんはそう言うと、照れくさそうに笑った。

「渚からは、自分にとって大事な人だと聞いています。渚のこと、よろしくお願いしますね。」
「あ、いえ、こちらこそ。わたしの方がお世話になっているくらいで。」

伊吹さんのお父さんは一礼すると、歩いてどこかへ出掛けて行った。

"自分にとって大事な人だと聞いています。"

わたしはその言葉が耳に残り、どうゆう意味で言ってくれたんだろう、、、と考えながら、アトリエのドアに手を掛けた。