◇
「「「いただきま~す」」」
紙皿に乗ったふわふわのホットケーキ。
四等分に分けたから、
普段家で食べるものと比べると
少ない。
だけど、ほおばると優しい甘みが
口の中いっぱいに広がって……
「おいしい!」
いちごジャムを塗って、
もう一口。
今度は、甘みと酸味が程よく混ざり合って…
「おいしい~!!」
「城谷さん」
風が吹いていると
錯覚してしまいそうなほどの涼しげな声。
思わず振り返ると、
そこにいたのはやっぱり神代先生。
「一口もらってもいい?」
先生は近くにあった
椅子に腰を下ろすとそう訊ねてきた。
「えっ…?」
先生の分は用意されてないのかな。
だとしたら、ちょっとかわいそうだ。
「いや、実は
みんながやってる間に
俺もつくってたんだけどさ…
どこで何を間違えたのか、
黒焦げになっちゃったんだよ」
あはは、と笑いながら頭をかく先生。
不意に白衣の袖からのぞいた
白く細い腕に、鼓動が早くなる。
「どうぞ!」
気付けば私は、
自分でも驚くほど素直にフォークを差し出していた。
「ん、ありがと」
フォークの先端に先生のやわらそうな唇があたる。
頬は少し膨らませながら、
ホットケーキを味わう先生。
その姿はつぶらで大きな瞳も相まって、
まるでリスみたいに可愛い。
「おいしいですか?」
私がそう訊ねると、
先生は口をもぐもぐとさせたまま
右手の親指をグッと力強く立てた。
多分……おいしいってことだよね。
良かったぁ、
みんなで協力してつくった甲斐があったよ。
嬉しくて、
机の下で小さくガッツポーズを決めたその時。
「あっ真澄ちゃん、
先生にもおすそ分けしてあげたんだ。優しいね」
小林さんが微笑ましげに
私たちを見つめていることに気付いて、
ハッと我に返った。
周りにみんながいるってこと、すっかり忘れてた!
「そ、そうかな……。私は
先生が食べたそうにしてたからあげただけだよ」
「でも、
そういうことが自然に出来るのは優しい証拠だよ~」
そう言ってくれることはすごく嬉しいけど……
人から褒められることに
あまり慣れてない私は反応に困ってしまう。
何て返そうか迷っていたら、
今まで無言だった遠藤さんがふと口を開いた。
「あれ?
城谷さんは先生に食べかけをあげたってことだよね?」
遠藤さんも私たちの話、聞いてたんだ。
「うん、そういうことになるね」
「だよね。
それってさ、間接キスじゃないの?」
あまりにもサラッと言うものだから、
一瞬聞き間違えしたのかと思った。
「え、遠藤さん今のもう一回言ってくれる…?」
一応、確認のためにね。
「だから、間接キスなんじゃない?って」
聞き間違えなんかじゃない。
かんせつきす…
間接キス。
間接的にキスしちゃうことだよね。
言葉の意味が頭に入ってきた瞬間、
顔がぼっと熱くなるのが分かった。
先生は食べる前から気付いてたのかな??
そもそも、
「一口もらっていい?」って言ってきたのは
先生の方だったし。
恐る恐る様子をうかがうと、
先生の表情はいつも通りで
照れてる様子なんかみじんもない。
うーん……
これはこれでちょっとショックかも。
「城谷さん」
「は、はい」
突然、名前を呼ばれ、背筋がピンと伸びる。
「何でそんなに照れてるの?」
先生は
唇の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべている。
いつもの優しい雰囲気なんてかけらもない、
イジワルな先生がそこにいた。
も、もしかして私からかわれてる…!?
先生は
ふいにズボンのポケットから手帳を取り出すと、
そこにボールペンでサラサラと何か書き始めた。
「ねぇこれ、見て」
そう言われて、手帳に視線を落とすと……
「!!」
『俺のこと、好きだよね?』
何で知ってるの!?
いつからバレてたの!?
予想の斜め上をいく展開に
私は口をあんぐりと開けることしかできなかった。
「……ペン、借りていいですか」
「ん?いいけど」
先生から手渡されたペンを握る。
手は震えて、文字が上手く書けない。
きっと私、想いを伝えることが怖いんだ。
だって、気持ちを伝えてしまえば
先生は私のことを嫌いになるかもしれない。
距離を置かれて、
元の関係には二度と戻れないかもしれない。
……だけど。
一度溢れた想いはもう止められなくて。
今ここでちゃんと伝えなくちゃダメなんだ。
『大好きです』
「先生、見てください」
私の言葉に応じるように、
先生がその五文字に目を通す。
その目は一瞬驚いたように見開かれたけど、
またすぐにいつもの優しげな表情を宿した。
「あと、四年経ったら考えてあげるね」
四年…?
どういうこと?
首をかしげていると、
先生はヒントを出すみたいに付け加えた。
「城谷さん、今年一四歳でしょ」
確かに私は今年の誕生日で一四歳になる。
一四+四。
……あっ、そういうことか!
私は机の上にペンを置くと、
優しく笑いかけた。
「分かりました!」
「ただし、
四年経つまでは俺は先生で君は生徒。
それ以上にはなれないけど、構わない?」
「はい!」
ん?
突然、
右手が心地よい温かさに包まれた。
机の下を覗き込んで確認すると、
先生の大きな手が
私の手を優しく握っていた。
しかも、指と指は絡んでいて……
これって、まさか恋人繋ぎ!?
「先生!
四年後までこういうのは
ナシなんじゃないんですか!?」
「でも、今日は特別」
先生は唇に人差し指を当てて、
ウインクをしてみせた。
その仕草はあまりにも
魅力的で。
目を逸らすことなんてできなかった。
思えば、
出会った頃から先生には
ドキドキさせられっぱなしだ。
もしも将来、先生と恋人になったら
私の心臓持つのかな?
うぅ、既に心配だよ……。
「さ、そろそろ部活も終わるし、
片付けに入りなよ」
先生は席を立つと、
部員たちへそう呼びかけた。
私ばかりドキドキさせられていて、
何だか不平等。
心のどこかでそんな風に思っていたからかな。
その時見えた、先生の横顔が
ほんのり赤く染まっていたことに
私はすごくホッとしたんだ。
覚悟しててね、先生。
絶対に私のこと好きにさせてみせるんだから!
【fin】
「「「いただきま~す」」」
紙皿に乗ったふわふわのホットケーキ。
四等分に分けたから、
普段家で食べるものと比べると
少ない。
だけど、ほおばると優しい甘みが
口の中いっぱいに広がって……
「おいしい!」
いちごジャムを塗って、
もう一口。
今度は、甘みと酸味が程よく混ざり合って…
「おいしい~!!」
「城谷さん」
風が吹いていると
錯覚してしまいそうなほどの涼しげな声。
思わず振り返ると、
そこにいたのはやっぱり神代先生。
「一口もらってもいい?」
先生は近くにあった
椅子に腰を下ろすとそう訊ねてきた。
「えっ…?」
先生の分は用意されてないのかな。
だとしたら、ちょっとかわいそうだ。
「いや、実は
みんながやってる間に
俺もつくってたんだけどさ…
どこで何を間違えたのか、
黒焦げになっちゃったんだよ」
あはは、と笑いながら頭をかく先生。
不意に白衣の袖からのぞいた
白く細い腕に、鼓動が早くなる。
「どうぞ!」
気付けば私は、
自分でも驚くほど素直にフォークを差し出していた。
「ん、ありがと」
フォークの先端に先生のやわらそうな唇があたる。
頬は少し膨らませながら、
ホットケーキを味わう先生。
その姿はつぶらで大きな瞳も相まって、
まるでリスみたいに可愛い。
「おいしいですか?」
私がそう訊ねると、
先生は口をもぐもぐとさせたまま
右手の親指をグッと力強く立てた。
多分……おいしいってことだよね。
良かったぁ、
みんなで協力してつくった甲斐があったよ。
嬉しくて、
机の下で小さくガッツポーズを決めたその時。
「あっ真澄ちゃん、
先生にもおすそ分けしてあげたんだ。優しいね」
小林さんが微笑ましげに
私たちを見つめていることに気付いて、
ハッと我に返った。
周りにみんながいるってこと、すっかり忘れてた!
「そ、そうかな……。私は
先生が食べたそうにしてたからあげただけだよ」
「でも、
そういうことが自然に出来るのは優しい証拠だよ~」
そう言ってくれることはすごく嬉しいけど……
人から褒められることに
あまり慣れてない私は反応に困ってしまう。
何て返そうか迷っていたら、
今まで無言だった遠藤さんがふと口を開いた。
「あれ?
城谷さんは先生に食べかけをあげたってことだよね?」
遠藤さんも私たちの話、聞いてたんだ。
「うん、そういうことになるね」
「だよね。
それってさ、間接キスじゃないの?」
あまりにもサラッと言うものだから、
一瞬聞き間違えしたのかと思った。
「え、遠藤さん今のもう一回言ってくれる…?」
一応、確認のためにね。
「だから、間接キスなんじゃない?って」
聞き間違えなんかじゃない。
かんせつきす…
間接キス。
間接的にキスしちゃうことだよね。
言葉の意味が頭に入ってきた瞬間、
顔がぼっと熱くなるのが分かった。
先生は食べる前から気付いてたのかな??
そもそも、
「一口もらっていい?」って言ってきたのは
先生の方だったし。
恐る恐る様子をうかがうと、
先生の表情はいつも通りで
照れてる様子なんかみじんもない。
うーん……
これはこれでちょっとショックかも。
「城谷さん」
「は、はい」
突然、名前を呼ばれ、背筋がピンと伸びる。
「何でそんなに照れてるの?」
先生は
唇の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべている。
いつもの優しい雰囲気なんてかけらもない、
イジワルな先生がそこにいた。
も、もしかして私からかわれてる…!?
先生は
ふいにズボンのポケットから手帳を取り出すと、
そこにボールペンでサラサラと何か書き始めた。
「ねぇこれ、見て」
そう言われて、手帳に視線を落とすと……
「!!」
『俺のこと、好きだよね?』
何で知ってるの!?
いつからバレてたの!?
予想の斜め上をいく展開に
私は口をあんぐりと開けることしかできなかった。
「……ペン、借りていいですか」
「ん?いいけど」
先生から手渡されたペンを握る。
手は震えて、文字が上手く書けない。
きっと私、想いを伝えることが怖いんだ。
だって、気持ちを伝えてしまえば
先生は私のことを嫌いになるかもしれない。
距離を置かれて、
元の関係には二度と戻れないかもしれない。
……だけど。
一度溢れた想いはもう止められなくて。
今ここでちゃんと伝えなくちゃダメなんだ。
『大好きです』
「先生、見てください」
私の言葉に応じるように、
先生がその五文字に目を通す。
その目は一瞬驚いたように見開かれたけど、
またすぐにいつもの優しげな表情を宿した。
「あと、四年経ったら考えてあげるね」
四年…?
どういうこと?
首をかしげていると、
先生はヒントを出すみたいに付け加えた。
「城谷さん、今年一四歳でしょ」
確かに私は今年の誕生日で一四歳になる。
一四+四。
……あっ、そういうことか!
私は机の上にペンを置くと、
優しく笑いかけた。
「分かりました!」
「ただし、
四年経つまでは俺は先生で君は生徒。
それ以上にはなれないけど、構わない?」
「はい!」
ん?
突然、
右手が心地よい温かさに包まれた。
机の下を覗き込んで確認すると、
先生の大きな手が
私の手を優しく握っていた。
しかも、指と指は絡んでいて……
これって、まさか恋人繋ぎ!?
「先生!
四年後までこういうのは
ナシなんじゃないんですか!?」
「でも、今日は特別」
先生は唇に人差し指を当てて、
ウインクをしてみせた。
その仕草はあまりにも
魅力的で。
目を逸らすことなんてできなかった。
思えば、
出会った頃から先生には
ドキドキさせられっぱなしだ。
もしも将来、先生と恋人になったら
私の心臓持つのかな?
うぅ、既に心配だよ……。
「さ、そろそろ部活も終わるし、
片付けに入りなよ」
先生は席を立つと、
部員たちへそう呼びかけた。
私ばかりドキドキさせられていて、
何だか不平等。
心のどこかでそんな風に思っていたからかな。
その時見えた、先生の横顔が
ほんのり赤く染まっていたことに
私はすごくホッとしたんだ。
覚悟しててね、先生。
絶対に私のこと好きにさせてみせるんだから!
【fin】


