『シュレディンガーの猫』の密使を送り出した後。

アドルファスが、俺に声をかけてきた。

「お前は、奴らと組むと言い出すんじゃないかと思ったぞ」

「何故?」

「痛い目を見せられたからだよ」

「…確かにな」

痛い目は見させられた。存分にな。

「『青薔薇連合会』は…別段脅威ではない。『シュレディンガーの猫』も。本当に怖いのは…あの男だ」

「…あぁ」

言うまでもなく、アドルファスも分かっていた。

あの男、というのが誰のことを指すのか。

彼を二度と敵に回すべきではない。

今度は、痛い目を見せられる程度では済まない。

「…それに、俺は…こう見えて、後悔してるんだ」

「あ?」

ルシファーを、裏切ってしまったことを。

あれは一生ものの失態であった。

「裏切るなら、ルシファーではなくアドルファスにしておくべきだったと…毎日思ってるよ」

「あぁそうかい。じゃあそのときは、俺もルレイアに頼んで、『青薔薇連合会』に入れてもらうことにするよ」

「…冗談だぞ」

「嘘つけ」

まぁ、ルシファーにしなければ良かったとは思っているが。

俺が自分のしたことについて後悔しているのは、その一件だけだ。

「…俺はもう二度と、あの男を裏切りたくはないんだ」

「…報復が怖いからか?」

「それはある。だが…それ以上に」

ルレイアの、あの変わり果てた姿。

手首についた傷。

俺はあれを見て、初めて…自分が何をしたのか、本当の意味で自覚したのだ。

「二度と彼に…復讐心に取り憑かれて欲しくないんだ」

「…お前、いつの間にあいつのことそんなに好きになったんだ?」

「もとから俺は、結構彼のことは好きだったぞ?」

「…」

ただ、冤罪を押し付けるのに丁度良い場所に、彼がいたというだけの話で。

そうでなければ、彼は今でもこちら側にいた。

…惜しいことをしたな。

彼がこちら側にいれば…何も恐れることなどなかったものを。