そもそも俺が恐れているものは、何なのか。

俺にとって脅威なのは、『青薔薇連合会』ではない。

かといって、『シュレディンガーの猫』でもない。

ルレイアだ。

恐れるべきはあの男であり、その他は…特に脅威ではないのだ。

なら、どうするべきなのだろう。

帝国騎士団にとっては目の上の瘤である『青薔薇連合会』を排除する、絶好の機会。

けれどそれをやったら、どうなるか。

思い出してみる。かつて、ルシファー・ルド・ウィスタリアを裏切り、彼を切り捨てたとき。

その後に待っていたものは何だったか。

…現在の帝国騎士団がこんな有り様になったのは、全てそれが原因だった。

俺が人選を間違えた。あの男に、罪を負わせるべきではなかった。

一番敵に回してはいけない人間を、敵に回してしまったのだ。

『シュレディンガーの猫』など、何も怖くはない。

怖いのは、ルレイアだ。

あの男を裏切ったとき、どんな報復をされるかと思うと。

それ以上に恐ろしいことはない。

まして、あのルルシーというルレイアの恋人に、傷の一つでもつけてみろ。

ルレイアは、安全装置のない核爆弾と同じだ。

今や彼に、祖国への愛国心などない。

自分の復讐の為に、平気で国を揺るがすようなことをするだろう。

例え話ではない。あの男はやる。復讐心に駆られ、理性を失ったルレイアほど恐ろしいものはない。

だから。

「…悪いが、その話には乗れない」

「っ!何故?」

「『青薔薇連合会』の報復が怖いからだ」

「…」

ハーリアは厳しい顔をして、俺を睨んだ。

断られるとは思っていなかったようだ。

「…マフィアが怖いなど。帝国騎士団長が聞いて呆れるな」

「何とでも言ってくれ。俺も人間だからな。怖いものは怖い…。彼らが我々にとって邪魔な存在であるのは確かだが、しかし敵に回すよりはましだ」

「…」

「…お前、人間だって自覚あったんだな」

アドルファスがぽつりと呟いた。

心外である。俺はいつだって人間だ。

「しかし…!『青薔薇連合会』を壊滅させるまたとないチャンスを棒に振るなど…!」

ルーシッドは抗議の声をあげた。彼はもとより、『青薔薇連合会』を含めマフィアを排除しようとしていた。

『連合会』との一件があって、最近では落ち着いているが…。腹の底では、やはり『青薔薇連合会』を憎んでいるようだ。

その気持ちは分からなくもない。

しかし。

「『青薔薇連合会』を裏切れば、彼らは容赦しないだろう。しばらくは平穏だろうが、力を取り戻したら必ず報復に来る。今度は…以前の比ではないだろう」

「それは…」

「完全に彼らの脅威を排除することは出来ない。なら、敵に回さないことを考えるべきだ。幸い、彼らは理性のある存在。話も通じる。裏切って報復に怯えるよりは、現状を保った方が良い」

「…正義の帝国騎士団が、マフィアに怯えるなど」

ルレイアに言わせれば、我々に正義などないらしい。

その言葉は、あながち間違ってはいない。

彼の言う通りだ。我々に正義はない。正義の面を被って、偽善を行うのが我々の仕事だ。

だから。

「この話は断る」

「…」

反対意見を口にする者は、もういなかった。

ルーシッドやユリギウスも、内心分かっているのだ。

『青薔薇連合会』を裏切るというのが、どういうことなのか。

「…分かった」

ハーリア・ユーリリーは諦めたように返事をして、立ち上がった。

チャンスを棒に振ってしまった、という自覚はある。

けれど、後悔はしていなかった。