母さんの、いや、もはや“暴走”と呼ぶべきかもしれない。突拍子もない両家顔合わせ計画が、突然前日に発表された。


「明日、バーベキューをやるわよ」


なんて軽く言い出し、俺の家族だけでなく、九条家、伊集院家、近衛家、烏丸家まで勢揃い。もはや“顔合わせ”というより“親族総出の決起集会”だった。





そんな嵐のような一日が終わり、この日は仲間たちから、少し早めの誕生日プレゼントとしてもらった温泉旅行。大和と秘書の美奈子さんが、この日のために美愛ちゃんと俺のスケジュールを完璧に調整してくれていた。


多忙な時期とは思えないほど、見事な段取り。東京からそう遠くない場所にあるため、移動の負担も少なく、ありがたかった。

 



午前中はホテル近くの観光地をのんびり歩き、午後には早めにチェックインして、部屋でまったりと過ごす。

 
夕食後は、庭園を散策したり土産物を見てまわった。そして、俺が先に露天風呂に入り、一人きりでゆったりと湯に浸かる。


こうしてゆっくり風呂に入るのは、いつ以来だろうか。最近は、忙しさにかまけてシャワーばかりだった。

 
改めて、今回の旅行を計画してくれた皆に感謝の気持ちが込み上げてくる。

 
両家と仲間たちの顔合わせも終え、ようやく次のステップに進む段階だ。結婚式と披露宴、本来ならじっくり時間をかけて準備したいところだが、俺の中には『一日でも早く彼女と夫婦になりたい』という想いが強くある。


できることなら、今すぐにでも入籍したい。
でも……、彼女の家族のことを考えれば、順序は守るべきだろう。

 
父親のジョセフさんも、姉の圭衣ちゃんも大切な人たちだ。彼らを敵に回したくないし、なにより、彼女のウェディングドレス姿を見たい。圭衣ちゃんも、そのドレスのデザインを心から楽しみにしているはずだ。


しまった。


大事なものを……、忘れてきた。
旅行の予定が急に決まって、荷物を詰めるのもバタバタしていたせいだろう。本当なら、こういう“もしも”のために、ちゃんと準備しておくべきだったのに。


……、はぁ、俺としたことが。まあ、彼女のほうはまだ“その先”の覚悟ができていないだろう。無理に迫る気なんてない。ないけど……


経験のない彼女を怖がらせたくなくて、少しずつ距離を縮めていくつもりだった。


……、俺のほうは、もう……、正直、限界かもしれない。


これまでの人生で、誰かと“真剣に向き合う”ことなんて、なかった。気楽で、ドライで、割り切った関係ばかりだった。

それが今はただ、美愛ちゃんを自分だけの色に染めていけることに、戸惑いと喜びが入り混じっている。

 
本当に大切にしたい人を、ちゃんと愛せるだろうか。不安はある。

でも、それ以上に彼女を優しく抱きしめたいという気持ちは、確かに、嘘じゃない。

 
……、いっそ、すべては結婚式を迎えてからでも、いいのかもしれない。