「一カ月くらい前、あなたは何をして美愛ちゃんをあんなに泣かせたの?」
 

え……、一カ月前? あの頃って……、まさか、あの時の?佐藤麻茉の……、あの件か!?帰ってこなかった美愛ちゃん、喫茶Bonにいたってことかよ!
 

俺は慌てて、両親と祖父母にあの件の顛末を説明したけど、母さんの怒りは収まらない。
その時、そっと俺の左手を包む小さな手。
美愛ちゃんが静かに、『もうこの件は大丈夫だから』と言ってくれているような気がした。その仕草に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
 

京兄、悠士兄、大和、彰人までが俺をかばってくれたが、なぜか男5人そろって床に正座。母さんの説教が始まり、続いて父さん、じいちゃん、ばあちゃんまで説教に加わる始末。美愛ちゃんは横でオロオロしてて、対照的に葵はニヤニヤしながら完全に楽しんでやがる。


……、いや、お前ほんとに鬼か?
 

こんなふうに正座させられたのなんて、中学生の時以来か?思い出すな……、廊下の水拭きに乾拭き。あの頃は、兄弟たちとこうして怒られるのが日常だったっけ……。


「ウフフフ……」

 
控えめな笑い声がふわりと空間をくすぐった。その瞬間、家族全員の視線がそちらに向く。視線の先には、美愛ちゃんがそっと口元を押さえていた。また……、彼女の心の声が漏れてしまったらしい。

 
「ご、ごめんなさい……っ」

 
色白の頬が、気まずそうに青ざめていく。慌てて謝る美愛ちゃん。


「なにが?」


俺が尋ねると、彼女は小さくうなずきながら答えた。

 

「あのね……、失礼なことをしちゃったの。私、笑っちゃったでしょう? あのね、うちの実家に似ているなって思っちゃって……。父さまが母さまや圭衣ちゃんたちに、お説教されてる姿を思い出しちゃったの……」

 
──想像できる……、めちゃくちゃ想像できる……!

 
一瞬の沈黙のあと、まず最初に吹き出したのは大和だった。


「ぷっ……あっはっは! 似てるって、うちと?」


その笑い声につられて、周囲の空気が一気にやわらぎ、みんなでくすくす笑い出した。

 
「なんだ~、よかったぁ~!」

 
そう言ってホッとしたように胸をなでおろしたのは、葵だった。

 
「美愛ちゃんのご実家も、うちみたいな感じなのね。安心したわぁ。実はね、みんなドキドキしてたのよ。うち、賑やかっていうか、ちょっとやかましいでしょ? だから、雅のお嫁さんが引いちゃうんじゃないかって心配だったの。でもね、取り繕ってもこっちがしんどくなるし、いずれバレちゃうしって……。だから、今日はみんな“素”でいこうって決めてたの。ほんとに、うちの雅を選んでくれてありがとうね」

 
その言葉に、美愛ちゃんが目を潤ませながら小さくうなずいた。


母さんはその横でそっとハンカチを目に当てている。





そのあとは、俺と美愛ちゃんが一緒に作ったドイツ風アップルパイとコーヒーを囲みながら、和やかな雑談の時間。


俺が料理を始めたと聞いて、全員が驚いていたのは予想どおりだ。そりゃそうだ。今までは完全に『食べる専門』だったからな。

 
そして、なぜか話題は圭衣ちゃんへ──
大和がコーヒーカップを置きながら、ぽつりと口を開いた。

「……、そういえば、いより君のあの頬の赤み。圭衣ちゃんが会議室のテーブルを這って、平手打ち二発、食らわせてたよ」

「這った!?」


思わず聞き返してしまった俺。そのインパクトが強すぎて、その後に大和が続けた『以前佐藤麻茉の父親の頭の皿をかち割るって暴れたらしい』って話が、もはや霞んで聞こえた。


やっぱり……、圭衣ちゃん、**“firecracker”**だ。

 
そして話題は、美愛ちゃんの両親へ。

じいちゃんが以前、パーティーか何かでジョセフさんと話したことがあるらしく、

「男のわしから見ても、ジョセフ君はいい男だ」と感心していたことを、母さんが代弁してくれた。

 
葵はその隣で目を輝かせていた。


「えっ!? 美愛ちゃんのお母さまって、久美子先生なの!? 私、ずっと憧れてたのよ……!」

 
まさかの繋がりに、感動の声が広がる。

 
──まるで、ずっと昔から決まっていた“ご縁”みたいだ。


今日という日は、家族にとっても、美愛ちゃんにとっても、そして俺にとっても、きっと忘れられない一日になる。