玄関のドアを開けて靴を脱ぎ、そっと中に入る。


「ただいま」


俺がそう言った瞬間、バタバタと廊下を駆けてくる足音が響いた。


なんだ、この爆音は。


チッ。なんであいつらまで来てるんだよ……。今日が結婚の挨拶だって、みんなに言っておいたはずなのに。まさか全員集合してるとは思わなかった。

 
美愛ちゃんが俺の腕にぎゅっとしがみついてくる。驚いたように目を見開いて、少し怯えているようだ。無理もない。初めて訪れた家で、いきなりドドドッと騒がしい足音が響けば、誰だってびっくりする。


しかも、声もやたらとでかい。廊下の向こうから聞こえてくる声は、完全に丸聞こえだった。


「お前たち、抜け駆けするなよ!」(京)

「俺が先だ!」(悠士)

「私だよ!」(葵)

「みんなどいて!」(彰人)

「おい、押すなって!」(大和)


──五人。全員いるじゃねえか。

 
驚いている美愛ちゃんを、そっと抱き寄せる。


「ごめん、びっくりしたよな。でも俺も驚いた。なんであいつらまで来てるんだよ、まったく……」

 
勢いよく飛び出してきた“歓迎隊”が、息を切らして玄関に到着した。まるで運動会のゴール直後かってくらいの勢いだ。

 
「おい、おまえら! 美愛ちゃんが怖がってるだろ? 三十路超えた大人たちが、なに走り回ってんだよ!」

「お、俺が長男だから出迎えるって言ったら、こいつらが走り出したんだよ。……、はあ、はあ……、久しぶりだね。い、いらっしゃい……」(京)

 
京兄、もう36歳だよな? 息上がってるじゃん……。

 
「お、お久しぶりです、京兄さま。えっと……、こんにちは、副社長?」

 

「はーっ、はーっ……、美愛ちゃん、僕の呼び名、覚えてるよね? 今日は副社長じゃないからね。さあ、呼んでごらん?」(大和)

 
おい、大和、お前は何を言わせようとしてるんだよ!美愛ちゃんも無理に言わなくていいから!

 
「や、大和兄さま……?」

「よし! 俺も呼んで! 俺は大和の兄、悠士だよ! さあ、呼んでみて?」(悠士)


悠士兄まで……、お願いだからやめてくれ。

 
「えっと……、悠士兄さま?」

「おまえたち、いい加減にしろ!」(俺)

 
よし、これで少しは静かになるだろう。

 
「えーっ、僕も呼んでもらいたいよ〜。僕は彰人。葵ちゃんの婚約者なんだ。よろしくね。ね、美愛ちゃん、僕のことも──」(彰人)

おい、彰人までか! 美愛ちゃん、無視してくれ……。


「は、はじめまして、彰人兄さま……」

 
「私は葵。雅の双子のお姉ちゃんよ。私のことも呼んで……」(葵)

 
こいつら、永遠に終わらない気がする……。


俺は美愛ちゃんの手を取り、無言で葵をスルーしながら廊下を進んだ。背後では何やらまだ騒いでいる声が聞こえるけど、もう無視だ無視。

 

「……、恥ずかしいもの見せちゃったな。うちではこれが普通なんだよ。兄妹は三人だけど、大和と悠士兄は幼い頃から兄弟みたいに育ってきたんだ。彰人とも付き合い長いし。今日はいないけど、仁や涼介まで加わると、もっと賑やかになるんだよ」

 
「人数は少ないけれど、うちも似たようなものよ? 特に母さまと圭衣ちゃんのコンビは……、負けてないと思うわ」

 
その言葉に、思わず笑ってしまった。よかった。美愛ちゃんが引かずにいてくれて。