焼き上がったドイツパイが冷め、俺たちは車で実家へ向かった。


10分ほどの道のりだが、実家に近づくにつれて、美愛ちゃんの口数が少なくなっている。窓の外を見ている彼女の呼吸は、どこか浅い。こんな時の彼女は、緊張しているか、何かを恐れている。


今、彼女はあのチャームネックレスをしていない。指輪を受け取ったあの日から、もっと俺を頼ってほしかったので、2人で話し合い、チャームを外して代わりに婚約指輪をネックレスにしている。今はまだ会社にも発表していないから。


彼女が言い出すまで、もう少し待ってみよう。





車を車庫に停め、玄関まで2人並んで歩く。この感じは、美愛ちゃんの実家に初めて同居の許可をもらいに行くときのようだ。
懐かしいな。あの時は、この子が俺のお姫様だとは確信していなかったが、彼女と一緒にいることが心地よく感じ始めていた。まさかこの子と結婚することになるとは、思いもよらなかった。あの時も美愛ちゃんの歩調が、少しずつ今のように遅くなったよな。
玄関を開ける前に、彼女を抱きしめた。
 

「話してみて。何が美愛ちゃんを不安にさせているのか、教えてくれる?」
 
「あ、あのね……、すごく怖いの。もし受け入れてもらえなかったら、雅さんはどうするのかって。怖いの」
 

やはり気にしていたんだな。 でも、俺には確信がある。 うちの家族全員が、彼女を気に入ると思う。
美愛ちゃんはまだ知らないが、うちの家族はやんちゃな人間の集まりだ。彼女はさまざまな意味で驚くだろう。
旧華族というと、格式の高い家庭を思い浮かべる人が多いが、うちはリベラル派だからそれとは逆のスタイルで、子供の頃からのびのびと育てられた。


美愛ちゃんのお母さんの久美子さんや、圭衣ちゃん、葉子ちゃんのようなサバサバしているタイプの人たちが集まっていると考えれば、理解しやすいだろう。だからか、初めて訪れた美愛ちゃんの実家がとても居心地が良かったことを覚えている。
今は、彼女を少しでも安心させなければ。
 

「絶対大丈夫だよ。
でも、もし何かあったら……、俺が花村姓を名乗るよ。
西園寺を手放しても、美愛ちゃんと一緒にいたい。
名前よりも、大切なのは美愛ちゃんだから」
 

そう言ってから、一拍おいて彼女の瞳をまっすぐに見つめた。
 
「……、もし、俺が“西園寺”じゃなくなっても、それでも美愛ちゃんは俺と結婚してくれる?」
 
「も、もちろんっ! 決まってるでしょう! あの時、ちょっと非常識いよりさんに言ってしまったけど……、でも、あれが私の本心だったの。 私も……、ずっと一緒にいたいから」

「俺たちの気持ちは同じだね。じゃあ、何が起きても大丈夫だよ。さあ、行こう」