ベイビー•プロポーズ


私のような社会人にはもう縁遠い話だけど、世の中の学生は今日から1か月近くの夏休み。


そういえば碧葉も昨日家で髪を茶色に染めてたっけ。


「黎がパーマかけるのは意外だったな」

「父さんと母さんがもえとデートするんだったら大人っぽくいきなさいって言うから」

「家族に今日のこと言ってたんだ……」

「この服装は先週雅と一緒に買いに行った」


雅というのは黎の3歳上の大学生のお兄さん。今もふんわりと香っている爽やかなシトラスの香水は雅くんから借りたらしい。


「家出る時も頑張ってこいって玄関先で皆に見送られた」

「それは……、すごいね」


黎のお父さんは黎や碧葉が小学生の頃所属していた、地域のバスケクラブのコーチだった。もうだいぶ昔だけど、試合の応援に行ったときに黎の家族には挨拶をしたことがあるので顔見知りではある。


黎がこんなにも素直で真っすぐに育ったのは間違いなく家族の影響だろう。


「もえ、俺大丈夫?」

「なにが?」

「ちゃんと大人っぽい?」

「え?」

「もえの隣に並んでて釣り合えてるのか不安」


表情や声色からは不安といったマイナスの感情は一切見えないけれど、私を見つめる瞳の奥底は僅かに揺らめいていた。


「大丈夫、ちゃんと大人っぽいよ。それにいつも以上にかっこいい」 


私の方が今日、黎の隣に並んで釣り合えてるのか不安でいっぱいだ。私だってできるだけ若く見られようと必死なんだよ。


そんなマイナスの言葉たちは、心の中で静かに飲み込んだ。