「もえ」
「……なに」
「かわいい」
「……」
「好き」
「……」
私の肩元に顔を埋める黎は吐息混じりに言葉を吐き出した。
語彙力はどこいったんだ!語彙力は!!
なんて冷静を装って心の中でツッコミを入れてみるけど、こんな状況で心穏やかにいられるはずはない。
「もえ、俺1位とった」
「うん」
「俺、本当に勉強頑張ったんだよ」
「……うん。それは分かってるよ」
「だからもえからのご褒美ちょうだい」
「っ、」
「おねがい」
相変わらずの抑揚のない話し方と一定のトーン、それなのにいつにも増して黎の声は甘さが増していた。濃度の高い蜂蜜のような甘ったるい声がとろりと耳元に流し込まれる。
こくり、言葉にはせず、その場で小さく頷いた。
「もえ、ほんと?」
「……うん、いいよ」
「俺とデートしてくれる?」
「うん。……黎とデートするから」
「やった」と声のトーンを僅かに上げた黎に「だから一旦離して?」と言えば、名残惜しそうに大きな身体が私から離れた。
ああ、ほんと情けない。
黎の掌の上でころころ転がされている気分。間違いなくずるいのは黎の方だ……。
恐らく赤らんでいるであろう顔を隠すように「部屋着に着替えてくるっ!」とすぐさまリビングを飛び出した。
飛び出す直前、ちらりと覗いた黎の横顔も、私と同じように赤みを帯びているような……気がした。


