じいっと穴が空きそうなくらい私を凝視している黎。街灯に照らされているせいで、真っ暗な中でもお互いの顔はよく見えている。


いざ黎の前に立つと、表情を取り繕うことができなくなる。ゆらゆらと瞳が揺れる。


「……もえ、どうした?」

「……」


聞こえたその声は、普段よりも弱々しい気がした。
 

私のことになるとやけに勘が鋭くなる黎。その黎が私のこの異変に気付かないわけがないのだ。


交わり合っていた視線を先に逸らしたのは私だった。代わりに黎の背後にある壁の一点を見つめる。


「……」

「……」


私に何かを言おうとしたのか口を開きかけたけど、再び閉じてぎゅっと唇を結んだ黎が視界の端に映った。

 
何も答えたくない、と黙り込む私の心の内をを察してくれたらしい。言葉の代わりに、ぽん、と頭上に黎の掌が優しく乗った。


「もえ、お腹すかない?」

「……私は食べてきたよ」

「俺、三島亭の煮込みハンバーグが食いたい」


私の返事は完全にスルーされている。


黎の言う"三島亭"とは、駅から少し歩いたところにある洋食レストラン。幼い頃から家族でよく訪れている三島亭の煮込みハンバーグは、私の1番の大好物だった。


黎のこういう優しいところ、ずるいなって思う。