ベイビー•プロポーズ


あれから黎は、どこを移動するにもぴったりと、まるで背後霊のように私の後ろをくっついてきて。


『ねえ黎、背後()になってるよ……ふふっ』

『……』

『……ちょっと、私がすべったみたいになってるじゃん!嘘でもいいから笑ってよ』

『……』


少し重たい雰囲気を軽くしようと発した私の渾身のギャグも、呆気なく撃沈。


なかなかに面白いと思ったんだけどな。


黎は表情筋をぴくりとも動かさず、無機質な視線だけを私に送ってきた。


いつもなら私を無視するなんてことを絶対にしない黎だけど、ハイパー不貞腐れモードに入っているらしい。怒っているのではなくこれは完全に拗ねている。


結局私が家を出る寸前まで、黎の不貞腐れモードは治らなかった。


碧葉が「萌葉のこと駅まで送ってけば?」と声をかけていたけど、黎の返事は「知らない男のところに行くもえは送って行きたくない」だった。


黎がここまで拗ねるのはなかなかに珍しい。私に彼氏ができた時には分かりやすく落ち込む黎だけど、こんなに拗ねることはなかった。


アプリで知り合ったような見ず知らずの男と私が2人きりで会うのが許せないのかもしれない。




「……じゃあ、行ってきます」

「……」
 

玄関先までぴったりとくっついてきた黎は何も言葉を発さない。だけどその瞳からは、『本当に行くの?』という心の声が聞こえてきそう。


まるで、幼い子供を置いて家出をする母親になったような気分。


黎からの視線を背中で感じながら、なんだか後ろ髪を引かれるような思いで我が家を後にした。