「はい、もえ」
差し出されたそれを「ありがとう」と受け取ろうとしたのだけれど。私の両手を避けるように持ち上げられたパンが口元へと近付いてくる。
「あーん」
「は、」
「あーん」
「いやいや、やらないよ?自分で食べれるからっ!」
こんなのもはや介護では……?
ぶんぶんと大きく首を振る私をお構いなしにさらに近付けてくる黎。その真顔の圧に負けて、小さく口をあの形にする。
ガリっと耳の部分を1口、続けて2口目でようやくマーマレードの甘みが口全体に広がった。
「おいし?」
「うん。でもちょっと焼きすぎだねえ」
「……」
「ははっ、ごめんごめん!美味しいよ黎、ありがと」
口元をぎゅっと結んだ黎からだらりと垂れ下がった尻尾が見えてしまった。それがなんだか可愛くて、寝癖がついたままの黎の髪をわしゃわしゃと撫でた。
その後も「あーん」を続けてこようとした黎をさすがに振り切って、マーマレードの食パンとソースをかけた目玉焼きを食べた。
「ねぇ、黎は食べないの?」
「うん。めんどい」
「私のと一緒に自分のパンと目玉焼きも作ればよかったじゃん」
「自分のはめんどい」
黎は基本的に無気力人間だ。今だってソファへ深く腰掛けながら瞼を重そうにしている。
それなのに、私がお皿を下げようと立ち上がると「もえは座ってて」と気怠そうにしていた身体を一瞬で起こした。
碧葉がよく言っている。「黎が自分から動くのは萌葉が絡んだ時と昼の購買にばくだんおにぎりが出た時だけ」と。


