自分の感情と向き合って言葉にしてみると、更に気持ちが落ち着いてきた。
ず、ず、と可愛らしさの欠片もなく鼻をすすっていると、背中をさすってくれていた手を自分の方へと引っ込めた黎は、身体を左へとスライドさせた。
私たちの間に微妙な距離が生まれる。
どうして離れるの……
無意識に伸ばした手は、黎に触れることなく空を切った。
それは黎が身体を仰け反らせたからで。
更に私との距離を広げた黎は、パーの形にした右掌をこちらに向けて私を制すると、「まって」と掠れ気味な声を出した。
「れ、い……?」
「もえ、まって」
「どうしたの?」
「そのまま、動いちゃだめ」
ぐーっと、黎の大きな右手が迫ってくる。
日がだいぶ落ちてきて辺りが薄暗くなってきたのに加え、顔を少し俯かせているせいで、黎の表情や顔色が分からない。抑揚のない声は、どこか切羽詰まっているようにも聞こえる。
とりあえず伸ばしていた手を引っ込めて、両手を行儀よく両膝の上へと置いた。「待て」という飼い主の躾をきちんと守るペットのよう。
未だ顔を俯かせたままの黎は、はあ、と大きく息を吐いた。
「どうしてもえはそんなに可愛いの」
「……へ?」
「もえのこと、好きすぎておかしくなる」


