「さっきのは、ハエが唇に突撃してきたようなもんだから。あんなのキスじゃない」
「…うん」
「避けられなかったのはごめん」
「……うん」
「だけど俺のファーストキスはちゃんともえだし、俺がキスしたいと思うのも、ずっともえだけ」
「……」
ついさっきまで揺らめいていた声が、強い意志をもった芯のあるものへと変わった。真剣な眼差しが真っすぐ私へ向けられる。
「……っ、え、」
ぱちり、1度瞬きをしたと同時。頬を生温かいものが流れた。
「あれ……?」と頬へ伸ばした指先を目元まで持っていくと、乾き始めていた皮膚は再び濡れていた。
なんで? どうして、私は泣いてるの……?
自分の意に反して零れ落ちてくる涙に戸惑いながら目元を抑えるけど、指先はどんどん濡れていくばかり。
「もえ?」
「っ、ごめん。泣くつもりなんて、ないんだけど…、なんか涙が、」
「やっぱり嫌だった?」
「なに、が?」
「俺がもえにキスしたこと。普通に気持ち悪いよね」
…………違う。
この涙はさっきまでの涙とは違う。はじめの涙は、黎が他の子にキスされたことが悲しくて、悔しくて。負の感情が爆発して溢れたもの。
だけど今、私の心を支配しているのは負の感情ではない。
この感情は……――


