黎からひしひしと伝わってくる悲しみの感情にぎゅっと心が苦しくなる。
この間の言葉は、黎にそんな悲しい表情をさせたくて言ったわけじゃないのに。そんな悲しそうな「ごめん」を聞きたいわけじゃないのに。
「――じゃあ、」
「いて」
「ふふ、殴るのは無理だからデコピンね」
「今の、地味に痛い」
晒されていたおでこに強めのデコピンをかますと、黎は口をへの字に曲げた。痛そうにしているけど、どことなく黎の表情が柔らかくなった気がして、私の心もほっと和らぐ。
「髪、ちゃんとセットしてるんだね」
「もえがこの前、かっこいいって言ってくれたから。またもえにかっこいいって思ってほしくて」
「かっこいいね。執事の服も似合ってるよ」
「……」
「…ん?」
「……やばい」
「ど、どうした?」
「もえ、今度こそ殴って」
「殴らないってば」
「じゃないとまた、もえのこと抱きしめちゃいそう」
口元を手で覆った黎が少し俯き気味に、目線だけを上目遣い気味にこちらへ送ってくる。よく見れば、黎の色白な肌がほんのりと桃色に染まっていた。
その表情に目を奪われていたところ、周りのざわつきが耳に入ってきて。
続いて聞こえてきた「あのさ、」という碧葉の呆れたような声に、はっと我に返った。
「2人だけの世界に入りすぎだろ」
……、やってしまった。


