翠くんは今日もつれない【完】

「でもさ、どんな人なんだろうね。あの吉野翠くんの想い人って」



パックジュースに、ぷす、とストローを差しながら、不意にいっちゃんがそんなことを口にした。

つい先程まで吉野くんに告白する!なんて鼻息荒く息巻いていたはずなのに、いっちゃんの興味はいつの間にか『吉野くんの想い人』の方に傾いていて。

相変わらず、自由な子だな、と心の中で苦笑しつつ、あたしも『吉野くんの想い人』について考えていると



「翠く〜〜〜んっ!」



と、甘ったるく媚びるような声が教室に響き渡る。途端に、女子達の視線が鋭くなって、教室の空気がピリついた。いっちゃんまでも「浅井のやつ、またきたよ。」と嫌そうに呟いている。

反対に男子達は、その声の主の登場に歓喜していて「浅井さん可愛い」だの「付き合いたい」だの、こそこそと話していた。

この場にいる人間の嫌悪と愛好の眼差しを一身に受ける浅井さんは、そんな視線などものともせず、モカブラウンの髪を揺らしながら、吉野くん目指してズカズカと突き進む。

そして、吉野くんの机の前で立ち止まると、ピンク色の視線を吉野くんに向けた。



「あのね、翠くんって社会科の授業、地理を選択してたよね?あたし、地理の教科書忘れちゃって、、良ければ貸して欲しいんだけど、駄目かな??」



言い終わると浅井さんは本当に困ってるように眉を下げて水分多めなうるうる瞳で吉野くんを見つめた。