その後、先輩の好きなひとについて話すことはなかった。「ひお、もう平気?」と、先輩はただ私のことを心配してくれて。

さすがに私だって察する。先輩のそれは、たぶん、〝今はもう聞かないで〟ってことだ。



だから、それ以上は何も聞けなかった。








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「星谷くん」

「ん?」

「お話、しませんか」



休み明けの月曜日。ぎこちないのはきっと私だけで、星谷くんはいつも通りだ。私も極力普通でいたいのだけれど、それにはもう少し時間がかかるだろう。

真っ黒な瞳が私を映して、それだけでまだ胸の真ん中が熱を宿すから、嬉しいような寂しいような、色んなものが混ざったような気持ちになる。


私の言葉に、「いいよ」とその口から放たれたのを聞いて安心した。断られるとは思っていなかったけれど、その口調がやっぱりいつもと変わらなくてほっとする。

昼休みの教室。あーちゃんが仁先輩と過ごしていて暇だからって理由で、こうして星谷くんの席まで来たわけではない。

星谷くんと、きちんと話がしたかった。



「外でもいい?」

「あぁ、うん」



ふたりで教室を出て、人気の少ない場所を探した。「こっち」と星谷くんが連れてきてくれたのは屋上へ続く階段の途中。静かな空間の中、足を止めて壁に寄りかかった。


隣の星谷くんを見上げる。そうすれば目が合った。ふたりでいるとこうして合わさって嬉しかったはずの視線が、今となっては緊張に変わる。

上手く喋れなくなるかもと、ゆっくりと目を逸らした。前の私ならこんなこと、絶対にしなかったのに。



「……い、今更だけど、この前は急にごめんね」

「なんで謝るの」

「びっくりさせちゃったかなって……」

「だからって謝らなくていいのに」



静かだから声が響く。いつものちょっぴり気怠そうな低い声が耳に届くたび、どうしても胸がきゅっとなる。

しかも今は私のことだけを見ているから、尚更。